51.繋がれる記憶

文字数 1,879文字

「歌歌いの方ですよね。まさかこんな仕事にも携わっているなんて、驚きました」

 作業を終えた侑子に話しかけてきたのは、後方で見守っていた研究員の一人だった。

「私はお手伝いみたいなもので。ええっと、ちょっとロボットとか興味があって」

 唐突だったので、説明がしどろもどろになる。横からユウキが、助け舟とばかりに一言投げてくれた。

「彼女が歌歌いだってこと、ご存知でしたか?」

 若い研究員は、興奮気味に顔を輝かせた。彼女はまだ見るからに年若く、研究員というよりも学生助手のようだった。

「ユウキちゃん! こんなところでお会いできるとは、思ってませんでした。――私、音楽好きなんですよ。ライブハウスにもしょっちゅう通ってて。今日は生憎ここの当番だったので、皆さんのステージを見に行くことが出来なかったんですけど」

「俺達のこと、知っててくれたんだ」

「そりゃあもう! 有名じゃないですか」

 良ければ握手してください、と彼女はユウキに手を差し出し、念願叶うと歓声を上げ、そのまま侑子にも手を伸ばしてきた。

「え? 私も?」

 戸惑う侑子の両手は、あっという間に力強く握られた。

「ユーコちゃんですよね。次回のステージでも、二人で一緒に歌いますか?」

 ファンの間で、ユウキ達はちゃんづけで呼ばれることが多い。彼女はそのまま、お気に入りの曲名をいくつか挙げた。どれも侑子とユウキが二人で歌うことの多い曲だった。

「この街にも巡業で回ってくるって聞いてから、ずっと楽しみにしていたんです。前回来たのは、もう六年くらい前ですよね。私そのころまだ子供で、うちの親厳しかったんで。夜のライブハウスになんて、行かせてくれなかったから」

 この港町に滞在するのは五日間。今日は初日で、明日以降も侑子はユウキ達と共にステージに上がる。
そう伝えると、研究員は「やったあ」と満面の笑みで喜んだ。

「こら、まだ仕事中だぞ」

 先輩研究員が彼女をたしなめたが、本気ではなさそうだ。「先輩も一緒にいきましょうよ」と誘いをかけられると、満更でもなさそうにユウキ達に「俺も握手いいですか?」と訊ねてきた。

「良い雰囲気の研究室ですね」

 楽しそうにアオイが言った。
 研究員同士の仲の良さは、侑子達が作業を始めた時点から伝わってきていた。
そしてロボット達が動き出してからは、よりよく分かるのだ。

 先程から動き出したロボット達は、楽しげな音を奏でながら研究員達とのやり取りを繰り広げている。どのロボットの動きも少々ぎこちなく、言葉は喋らないものの、しっかりと意思疎通が取れているようだった。機械相手であることを忘れさせるような、和気あいあいとした雰囲気に包まれている。

「この研究室を立ち上げた博士は、楽しい人でしたからね。研究員同士の交流も大切だって、仕事以外でも親睦を深める機会を作るのが上手でした」

 年長の研究員がアオイの言葉に応えた。

「博士がこの動いているロボット達を見たら、喜んだでしょうね」

「もう引退されているんですか」

 アミの質問に、首を振ったのはアオイだった。彼は知っているらしい。

「二年前、王都への出張中に震災に遭って、亡くなったんだよ」

「ああ。そうでしたか……」

 低くなったアミの声とは対称的な、高音の電子音が聞こえてきた。
奏でられたその旋律は、動き回る一体のロボットが発していた。それは侑子にとって、馴染みの曲だった。

「あれ、この曲」

「ゴンドラの唄だね」

 ユウキの目が、嬉しそうに細くなった。

「七年前に、突然流行りましたよね。誰が歌い出したんだろう。すごく美しい曲ですよね」

 若い研究員が旋律に乗せて、その歌を口ずさんでいる。

 侑子の脳裏に、六年前の変身館で歌った時の記憶が蘇ってきた。苦い経験を克服した瞬間であり、あの時を境に、侑子は自分の内面が大きく変わっていったと自覚していた。

「博士も作業中に、よく歌ってたよな」

「懐かしいですね」

「その頃にはこのロボット達、存在すらしてなかったはずなのに」

「ああ、でも。部品のいくつかは、この場所に前からあっただろうから」

「ずっと覚えていたんですかねぇ。不思議だな」

 研究員同士の会話と、ロボットの奏でる電子音のメロディ。

それを聞きながら、侑子はあの謝恩会の日にリリーが言っていた言葉を思い出していた。

『魅力ある歌は色褪せないものよ。ユーコちゃんの声に命を吹き込まれて、また誰かの記憶に残っていく』

 メロディを奏でていたロボットが、侑子の足元にやってきた。幼児体型の小型ロボットだった。

「私も一緒に、歌ってもいいかな」

 ピポ、という可愛らしい返事と共に、ロボットが頷いた。

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