白を染める色④
文字数 2,063文字
「あけましておめでとう」
――新年の挨拶は同じなんだ
侑子が新しい気づきと共に再び隣を見ると、今度は真っ直ぐにこちらへ注がれる緑の瞳がそこにあった。
さっきまで真っ白だったユウキのスーツは、上品な光沢のある黒色に変わっていた。
所々にラメのような微細な白い瞬きが見える。ネクタイはいつもの硝子の鱗で覆われていて、結び目はどうなっているのか侑子は少しだけ気になった。
「全然違うスーツになってる」
素直な感想とともに笑うと、周囲を見るように促された。
広間の中は万華鏡を覗き込んだように、華やかな煌めきで溢れかえっていた。
人々の服に染めこまれているのは、色彩だけではない。
宝石を粉砕して吹き付けたように輝く色、角度によって見える色がゆらゆらと変わる不思議な質感に変化している生地が、次々に目に飛び込んでくる。
「……きれい」
ぽろりと溢れた言葉に、ユウキが頷いた。
「すごく華やかでしょ? 年末年始は魔力を大量消費するからね。皆魔力の底上げのためもあって、美しいと思うものをこれでもかって程形にするんだよ」
そういえばユウキと出会ったあの日、彼が説明してくれたことを思い出した。
『美しいものを見ると魔力は上がる。だから人は、美しいと思うものを側に置きたいと思うのだ――』
「一年の一番最初に身につけるのは、その人の大好きな色なんだね」
「そう。あとは新しい年をどんな一年にしたいかとか、そういう思いが出るんだよ」
彩度が高く明るい色が多いので、納得の説明だ。
明るい気持ちで朗らかに過ごしたいという、強い思いで溢れている。
「ユーコちゃんは……よっぽど俺のこと好きだってことだね。嬉しいよ」
からかうような声音で指摘されて、侑子は改めてまじまじと自分のワンピースを見下ろした。
元の生地をすっかり覆い隠してしいるのは、ガラス質の小さな薄い鱗だった。規則的に並んでシルエットこそ違うものの、先程まで着ていた衣装と殆ど変わらない物になっていた。
「本当だ。こうなるように念じたわけじゃないのに。でも私が一番綺麗だと思うのは、やっぱりこの色だからかな」
少しも疑問は感じない。
昔から侑子にとっての美しい物の象徴とは、この鱗だったのだ。
恥ずかしがる様子もなくきっぱりと言い切った侑子に、ユウキは少しの間目を瞠って、すぐに優しく笑った。
「それでその薔薇はもしかして、水かきになったの?」
言いながらユウキは侑子の右耳の上辺りから、薔薇の造花を抜き取った。
白一色だったその花弁は、全て磨ガラスのような半透明に変わっていたのだった。
触感は布のようだったが、見た目は正に夢の中で見た半魚人の水かきと同じだった。
「すごい。これも何も考えてなかったんだよ」
驚きながら薔薇の花を天井に向かって透かすと、鋭い照明の光線が柔らかくなって目に届く。
「夢の中と同じだ。ほら」
ユウキにも見てほしくて、薔薇を掲げたまま隣により掛かった。
嬉しくて声が弾む。
この薔薇の変化も自分が魔法で起こしたものなのだとしたら、なんて素敵な魔法を使えるようになったのだろう。
侑子は自分のことが誇らしく感じられるほど、気分が良くなっていた。
「確かに。素晴らしい再現度だね。さっきの衣装の水かきよりも、洗練されてるかも」
顔の上方でユウキの声が聞こえた。
満足した侑子がにこにこ顔のまま視線を元に戻すと、向かい側の席の紡久が、まじまじとこちらを見ているのに気づいた。その妙な表情に侑子が口を開こうとするより早く、紡久が声を出した。
「あ、あけましておめでとう。侑子ちゃん、ユウキさん。新年早々こんなこと訊くのもどうかと思ったんだけど、二人は付き合ってるの?」
その問いの意味がよく分からなくて、思わず「え?」と間抜けな声を出してしまった侑子だったが、隣のユウキは吹き出していた。
「いつも一緒にいるし、仲もなんだか……特別良いから」
なぜか恥ずかしそうに赤面している。理由も追加してくる紡久の様子を、おかしそうにひとしきり笑った後、ユウキが言った。
「そうだなあ。そりゃユーコちゃんと俺は仲良しだよ。けどツムグくんが言う付き合うって、恋人って意味だろう?」
「ええっ?」
想像もしていなかった関係を示す単語に、侑子は先程よりも更に変な声を上げてしまう。
「え、違うの?」
ほぼ確信していた答えを覆された者のする顔だった。紡久は丸くした目で、侑子とユウキに交互に視線を走らせていた。
首を横にブンブン振りながら、侑子はただ否定する。今度はそんな侑子の様子に笑いを止められないといった様子で、ユウキは彼女の代わりに説明しはじめたのだった。
「違うな。恋人じゃないし、兄妹的なものとも違う。お互いに恩人同士ってところか……いやこれも少し違うか」
「ううん。ユウキちゃんが私の恩人っていうのは、本当にその通りなの」
侑子が言葉を挟む。
「だったら俺の恩人がユーコちゃんなのも、確かだよ」
愛おしそうな目で笑ったユウキが、半透明の薔薇を侑子の髪にさしてやる。
その一部始終を眺めながら、紡久は唸った。
「ますます分からない」
――新年の挨拶は同じなんだ
侑子が新しい気づきと共に再び隣を見ると、今度は真っ直ぐにこちらへ注がれる緑の瞳がそこにあった。
さっきまで真っ白だったユウキのスーツは、上品な光沢のある黒色に変わっていた。
所々にラメのような微細な白い瞬きが見える。ネクタイはいつもの硝子の鱗で覆われていて、結び目はどうなっているのか侑子は少しだけ気になった。
「全然違うスーツになってる」
素直な感想とともに笑うと、周囲を見るように促された。
広間の中は万華鏡を覗き込んだように、華やかな煌めきで溢れかえっていた。
人々の服に染めこまれているのは、色彩だけではない。
宝石を粉砕して吹き付けたように輝く色、角度によって見える色がゆらゆらと変わる不思議な質感に変化している生地が、次々に目に飛び込んでくる。
「……きれい」
ぽろりと溢れた言葉に、ユウキが頷いた。
「すごく華やかでしょ? 年末年始は魔力を大量消費するからね。皆魔力の底上げのためもあって、美しいと思うものをこれでもかって程形にするんだよ」
そういえばユウキと出会ったあの日、彼が説明してくれたことを思い出した。
『美しいものを見ると魔力は上がる。だから人は、美しいと思うものを側に置きたいと思うのだ――』
「一年の一番最初に身につけるのは、その人の大好きな色なんだね」
「そう。あとは新しい年をどんな一年にしたいかとか、そういう思いが出るんだよ」
彩度が高く明るい色が多いので、納得の説明だ。
明るい気持ちで朗らかに過ごしたいという、強い思いで溢れている。
「ユーコちゃんは……よっぽど俺のこと好きだってことだね。嬉しいよ」
からかうような声音で指摘されて、侑子は改めてまじまじと自分のワンピースを見下ろした。
元の生地をすっかり覆い隠してしいるのは、ガラス質の小さな薄い鱗だった。規則的に並んでシルエットこそ違うものの、先程まで着ていた衣装と殆ど変わらない物になっていた。
「本当だ。こうなるように念じたわけじゃないのに。でも私が一番綺麗だと思うのは、やっぱりこの色だからかな」
少しも疑問は感じない。
昔から侑子にとっての美しい物の象徴とは、この鱗だったのだ。
恥ずかしがる様子もなくきっぱりと言い切った侑子に、ユウキは少しの間目を瞠って、すぐに優しく笑った。
「それでその薔薇はもしかして、水かきになったの?」
言いながらユウキは侑子の右耳の上辺りから、薔薇の造花を抜き取った。
白一色だったその花弁は、全て磨ガラスのような半透明に変わっていたのだった。
触感は布のようだったが、見た目は正に夢の中で見た半魚人の水かきと同じだった。
「すごい。これも何も考えてなかったんだよ」
驚きながら薔薇の花を天井に向かって透かすと、鋭い照明の光線が柔らかくなって目に届く。
「夢の中と同じだ。ほら」
ユウキにも見てほしくて、薔薇を掲げたまま隣により掛かった。
嬉しくて声が弾む。
この薔薇の変化も自分が魔法で起こしたものなのだとしたら、なんて素敵な魔法を使えるようになったのだろう。
侑子は自分のことが誇らしく感じられるほど、気分が良くなっていた。
「確かに。素晴らしい再現度だね。さっきの衣装の水かきよりも、洗練されてるかも」
顔の上方でユウキの声が聞こえた。
満足した侑子がにこにこ顔のまま視線を元に戻すと、向かい側の席の紡久が、まじまじとこちらを見ているのに気づいた。その妙な表情に侑子が口を開こうとするより早く、紡久が声を出した。
「あ、あけましておめでとう。侑子ちゃん、ユウキさん。新年早々こんなこと訊くのもどうかと思ったんだけど、二人は付き合ってるの?」
その問いの意味がよく分からなくて、思わず「え?」と間抜けな声を出してしまった侑子だったが、隣のユウキは吹き出していた。
「いつも一緒にいるし、仲もなんだか……特別良いから」
なぜか恥ずかしそうに赤面している。理由も追加してくる紡久の様子を、おかしそうにひとしきり笑った後、ユウキが言った。
「そうだなあ。そりゃユーコちゃんと俺は仲良しだよ。けどツムグくんが言う付き合うって、恋人って意味だろう?」
「ええっ?」
想像もしていなかった関係を示す単語に、侑子は先程よりも更に変な声を上げてしまう。
「え、違うの?」
ほぼ確信していた答えを覆された者のする顔だった。紡久は丸くした目で、侑子とユウキに交互に視線を走らせていた。
首を横にブンブン振りながら、侑子はただ否定する。今度はそんな侑子の様子に笑いを止められないといった様子で、ユウキは彼女の代わりに説明しはじめたのだった。
「違うな。恋人じゃないし、兄妹的なものとも違う。お互いに恩人同士ってところか……いやこれも少し違うか」
「ううん。ユウキちゃんが私の恩人っていうのは、本当にその通りなの」
侑子が言葉を挟む。
「だったら俺の恩人がユーコちゃんなのも、確かだよ」
愛おしそうな目で笑ったユウキが、半透明の薔薇を侑子の髪にさしてやる。
その一部始終を眺めながら、紡久は唸った。
「ますます分からない」