36.あの日の色

文字数 1,296文字

「その格好、久しぶりに見た」

 着替えを済ませて廊下に出てきた侑子は、向かい側のドアから出てきたユウキを目にした。

 彼の髪は、いつもの灰色ではなく薄い水色で、頭の上で大きな髷を形作っている。顔には沢山のラメが輝き、唇は玉虫色に染まっていた。

噴水広場で曲芸を披露していた時の、あの姿だった。

「今日はこの衣装で、始めてみようかなと思って。ステージの上で途中から早着替えなんてしたら、面白そうじゃない?」

「早着替え? もしかして魔法で?」

「そう」

 ユウキはにっこり微笑んだ。
そして彼は、侑子の姿をしばらく観察してからこう言った。

「ユーコちゃんの衣装も、似合ってるね!」

 侑子は嬉しくなった。

今日身につけているのは、ユウキの衣装に無数に縫い付けている硝子の鱗を、同じ様に布地に隙間なく付けたショートドレスだった。

衣装が擦れる度に、鱗が揺れて光を反射する。

ユウキとノマに手伝ってもらいながら、侑子が魔法で仕立てた、初めての衣装である。

「どうせだったら、お化粧もしてみる?」

 提案する口調のはずなのに、ユウキは侑子の背を軽く押しながら、ドレッサー前に座らせてしまう。

侑子は鏡の向こうに、戸惑った表情の自分を見つけた。

「やったことない。きっと変だよ」

「そんなことないよ。それに、これだけ派手にメイクした俺の隣で歌うんだから、何にもしてない方が目立つよ」

「そっか……」
 
 もう何度も人前で歌っているし、人の注目を浴びることには慣れてきていた。しかし、やはり言葉にして目立つなどと言われると、気になってしまう。

 なりをひそめていた小心者の自分が少しだけ顔を出して、化粧を施そうと顔に触れてくる褐色の指を許してしまった。

「仮面をつけて踊るのってさ、神様や精霊を自分に乗り移らせて、一緒に時を過ごすためのものなんだって」

 ユウキは背後から、侑子の右頬に触れた。

 何の話を始めたのだろうと、侑子がじっと続きを待っていると、頬に触れた彼の指が、軽くその場所を撫でたのが分かった。
そこに衣装に使われているのと同じ硝子の鱗が、数枚出現する。

そのままユウキの指は侑子の顔の上を移動して、彼の指が撫でた場所に、次々鱗が生まれていく。

どうやって皮膚と接着しているのか分からなかったが、顔が突っ張る感覚も、重さを感じることもなかった。

 ユウキが言葉の続きを繰り出す前に、侑子の右頬から目尻に至る箇所に、輝く青い鱗が生えていた。

「噴水広場で“才”を使ってた時のメイクは、守るための鎧。でも今日のメイクは、仮面。目に見えない神様や精霊たちと、一緒に歌い踊るための仮面だよ。俺はそう考えるようにしてる」

「仮面」

 呟いた侑子の唇が指先で撫でられ、その色が淡い紅色に変化する。

もう一度其の上を指がなぞると、七色に輝く不思議な笹色が重ねられていた。

 その色がユウキの唇を彩るものと同じ玉虫色だと、侑子は鏡越しに確認した。

「目を瞑って」

 囁くような指示通りに、瞼を落として再び目を開く。そこには青いまつ毛と、長く細いアイラインで焦げ茶の瞳を強調させた、自分の顔があった。
青藤色から空色のグラデーションをかけたアイシャドウが、目の周囲を囲っている。
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