鎧の外側③

文字数 1,956文字

「ごめん」

 手を離したユウキが、ようやく相好を崩して、少しだけ気まずそうに笑った。

「五年前のことを思い出すと、腹が立ってくるんだ。俺は母親とはずっと縁が切れてて、身近な大切な人達は皆無事だったけど。その人達の大切な人や家族は、死んでしまったり酷い目に遭ってた。ただ悲しんでいる彼らを見ていることしかできなかった。その上、大嫌いな“才”を使って、あの争いの原因を生み出してる奴らに加担するぐらいしか、出来ることはなさそうだった。悲しむ人に寄り添いたかったけど、そうする資格が自分にあるのか自信がなくて、そんな自分が腹立たしかった。そんな自分に仕立てている、この“才”が憎かった」

 おもむろに宙に向かって何かを描くように両手を動かしたユウキの顔を、光の粒が明るく照らした。

その表情が、いつものユウキの優しい顔であると侑子が認めるのと同時に、粒は弾け飛ぶ。
彼の手の中に、白い布がふんわりと落ちてきた。

魔法であっという間に出現したそれは、ユウキが大きく広げると、温かそうな毛織物であることが分かる。

ショールに丁度良さそうな大きさのその布を、侑子の肩に羽織らせると、ユウキは再び口を開いた。

「ユーコちゃんは並行世界からやってきた人。この国にとって、それだけで特別な存在であるのは確かだよ。だけどそれ以前に、俺にとって君は、ずっと同じ夢を共有してきた大切な人だ」

 白い布は柔らかく、繊細な布目の間で温められた空気は、優しい熱で侑子を包み込んでいる。

侑子は見上げたユウキの顔にも、この柔らかい熱が伝わればいいのにと思った。

「そんな君を利用されてたまるか。政治家も、国も、王さえも。俺は信用できない」

 そこまで言ってから、ユウキは自嘲するように呟く。

「……俺だって、自分の願望のために君が来たんじゃないかって、思わないでもなかったけどね。でもユーコちゃんが楽しそうに笑って、この場所で暮らしていけるなら、それが一番良いって思うんだ。そのために出来ることがあるのなら、なんだってしてあげたい」

「ユウキちゃん」

 丸太から立ち上がって、向き合うようにして、侑子は口を開いた。

「私、ユウキちゃんのことをこの世界で一番信頼してる。本当だよ。だってユウキちゃんはずっと前から、本当の私を知っていたんだから」

 今度は侑子の方から、ユウキの手を取った。
自分の手よりもずっと大きなその手を、彼女の両手は包み込むことはできない。

ぎゅっと両手で握るようにして、侑子は力を込めた。自分の手のぬくもりが、ユウキの冷たい手にも伝わるように。

「ユウキちゃんに会えなかったら、この世界のことを、こんなに好きになってなかった。だってユウキちゃんが歌おうって言ってくれたから、歌えるようになった毎日がこんなに楽しいんだもん」

 以前の世界での自分よりも今の自分の方が、色々なことを無理していないと、侑子は感じるのだった。

兄と二人で家庭を回していく自分。
親戚の中で手のかからないいい子でいる自分。
学校の中で浮かずに程よくやり過ごす自分。

そのどれもが、今のこの世界には必要のないものだった。

 以前ユウキは、自分の“才”のことを、『便利な鎧』と呼んだ。
侑子にとってのかつての他人のための自分も、きっと鎧だったのだ。

身体の内に流れる魔力を、外へ放出させたのと呼応するように、内側に隠れてきた本来の自分が表に出てきた。侑子はそう感じていた。

「ありがとう」

 二人の声が重なって、思わず笑い出す。

 立ち上がったユウキが横に立つと、薄暗い夜の闇の中で、侑子はあの夢の景色とそっくりだと思うのだった。

「どうせこの“才”を使って金を稼ぐのなら、ついでに誰かを……できれば街中で普通に生活している人たちを、てっとり早く笑顔にできることがいい。そう考えて、曲芸することを思いついたんだ。小さい頃にジロウさんが連れて行ってくれた、サーカスを思い出したんだよ。マリオネットを操って、歌や踊りを見せる芸人がいてさ。とても印象に残っていて。歌うことは好きだったし、あれなら俺の“才”も活かせるかもって思ったんだ」

 公園を後にして、再び歩き出しながらユウキは続けた。

「……まあ結局、“才”の歌声が称賛されればされる程、苦しくなっちゃったわけだけど。だけどそんな苦しみからも、もうすぐ解放されるのかな」

 明日は噴水広場で歌う日だった。

ユウキが素の歌声だけで歌うと決めた日。侑子も隣で歌うと、決めていた。

提案された時の自分からは、考えられないことだったが、侑子はあの広場でユウキと並んで歌う自分の姿を、とても鮮明に想像できるのだった。

「私も一緒に歌いたい」

 頭上には星空が広がっている。

瞬く星の光と月明かりに照らされた道を進みながら、侑子は確信を胸に抱くのだった。

「一緒に歌ったら、きっととても楽しいよ」
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