88.暴露

文字数 2,008文字

 紡久は呆然としたまま、手の中で光る魔石を見つめた。

――兵器の燃料になる? この魔石が?

 今まで魔石は何度も作ってきた。この場所へ連れてこられる前から、王都でも。
紡久が作った魔石はどれも、人々の生活に役立てられてきたはずだった。生活を形作る、支えのような存在として。

――そんな魔石が、世界を、街を、人を消す兵器の動力となるだって?

 考えも感情もまとまらないまま、時間が経過した。
 部屋にシグラが入室してきた時、紡久は魔石を持ったその姿勢の状態から、少しも体勢を変えていなかった。

「よっぽどショックを受けたようだと聞いたけど。本当にそのようね」

 クスリと、短く語尾を笑わせた。
シグラは紡久に向かい合うように椅子に腰掛けると、ブンノウがした説明と同じことをもう一度繰り返したのだった。

「地球上から人類は消えて、最終的にはあなたとユーコ二人だけになる。ブンノウはその直前、あなた達二人がシェルターを出て地表に降り立つ瞬間を観察してから消える」

「あなたは?」

「もちろん、その前に死ぬわ。シェルターから出ることなく。あなた達から生殖細胞を取り出して、受精卵を作って……私とブンノウがいなくなった後でも、自動でどうにかなるように整える必要があるから、全て整備ができるまでは生きてるけど」

「ブンノウに殺されるの?」

「殺してもらうの」

「……理解できない」

「そうね。でも私は納得しているから構わない。あの人が見たいと思う景色を、見せてあげたいと思うだけ」

 ぴぃぴぃ

 あみぐるみの鳴き声に、二人が気づく。
侑子のジャケットの胸ポケットに入っていた小さなクマ。
侑子本人ですら気づいていなかったが、兵器に魔法をかけた際、クマにも同時に同じ魔法がかかっていたのだ。
シグラかブンノウのどちらかにくっついたまま、紡久の部屋まで運ばれたらしい。

「まだ他にもいたのね、このぬいぐるみ」

「……」

「全てが消えた世界って、どんな風景なのかしら」

「厳密には全て消えるわけじゃないんでしょう? ブンノウは最後まで生きてる。そんな例外、認められないんじゃないですか」

「そうかもね。でもそうじゃないかも知れない」

「本気で出来ると思っているんですか。そもそもその兵器には、そんな性能が本当にあるんですか。世界中、全ての人間を抹殺してしまえる程の……」

「あの人が本気で作ってきたんですもの。私は疑ってない」

「なぜ平然としてられるんだ……どうして。なんの権利があって、他人を殺そう、消してしまおうなんて思えるんだ? 何かこの国や世界に恨みでもあるの? どうして……」

「少なくとも恨みはない。私は天膜が見えるという事実を初めて認めてくれた人に、尽くしたいと思ってやってきただけ。他のことなどどうでも良いの。それだけ」

「自分勝手だって、思わないんですか」

 シグラは大きく笑った。彼女はそんな風に笑うとき、十も二十も若返って見えた。

「自分勝手? そんなの、誰だってそうじゃない。多かれ少なかれ、程度の違いがあるだけ。皆自分勝手に生きてる。そうじゃないの? 自分が良かれと思ってやってることは、他の誰かにとっては余計なことよ。ありがたいって思う人がいる一方で、眉をひそめる人がいる。そんな関係の連続で、この世は動いている」

「屁理屈だ」

 ふんと鼻を鳴らすように笑った後、シグラは今度は一変、眉根を落として哀しげな表情を作った。

「あなたは善人で常識人ね、ツムグ。かつての研究所にいた来訪者達も、皆あなたのような人々だった。チエミもマサヒコもね。円滑な人間関係を築くのが上手で、知らない社会の中にすぐに溶け込める素質を持つ者ばかり。理不尽や不可解に気づくのに、受け入れてしまえる――――それが来訪者として並行世界からやってくるための、条件なのかしら」

「……」

「私は受け入れられない。不可解は解明したくてたまらないし、理不尽な目にあったらいつまでも根に持つ」

 シグラの緋色の瞳が、薪をくべた炎のように大きく揺らめいた。

「……ねえ。最後にちょっと楽しいことしましょうか」

「楽しいこと?」

「運試しよ。私たちの」

「何を言ってる?」

「暴露大会。あなたからどうぞ。もしすごい秘密を聞いてしまったって思ったら、私もそれなりのものをお返しするから」

 断ろうとした紡久の手が、かすかな重みを感じた。
小さなクマが、手の甲に乗っていた。
首元の硝子の鱗が輝いている。

 咄嗟に気が変わって、紡久の口から言葉が連なって出てきた。

 とんでもない未来を聞いて、気が狂ったかヤケクソになったのだ。
そんな風に思考の片隅で客観視できたのに、紡久の言葉は止まらない。

「父の恋人からレイプされたことがありました。この世界にやってくる直前のことです」

 紡久を見るシグラの顔には、同情も下世話な笑みも浮かんでいない。いつもの無表情でもなく、先程のような激しい笑顔でもない。ただ彼の話をまっすぐに聞く者のする、冷静な傾聴者の顔だった。
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