思い出③

文字数 805文字

「すみません、お待たせしてしまって」

 軽くドアをノックする音の後に、高音の女性の声が響いた。

一同の目線がそちらに向くと、小柄な女性が銀色のカートを押しながら入室してくるところだった。

「お客様用のお茶っ葉、どこにしまったかしらって探していたらすっかり遅くなってしまって。ごめんなさいねぇ。自宅にお客様なんて、滅多にやってこないものだから」

 気さくな口調で喋りつつも、てきぱきとテーブルの上に茶器を並べていく。

そんな様子を眺めていたラウトはおかしそうにくつくつと笑いながら、紡久たちに紹介した。

「妻のリエです。すまないね、来客対応は不慣れで。普段は一人で黙々と作業する仕事をしているものだから」

「ふふ。ごめんなさいね、慣れてないっていうのは本当なの。こんなおばさんが突然やってきて、二人共びっくりしたわね」

 紡久と侑子のぽかん顔を見て笑ったのだろう。

実際紡久は、初めて見る政治家の妻の様子を目にして意外さに目を丸くしていた。

「久しぶりだね、リエさん」

「ご無沙汰ね、ジロウさん。いつも変身館に遊びに行きたい行きたいって思っているんだけど、中々時間が見つからなくて。年を取ると時の流れが早くって嫌になるわあ」

「来る時は変身するのを忘れずにお願いしますよ」

「分かってる分かってる。本当、楽しいコンセプトを思いついたわよね」

 ジロウとは顔見知りらしい。とても親しそうだった。

「さ、どうぞ。お話の途中だったかしら? 少し休憩しませんか。お茶菓子もあるの。近所にね、新しいお店ができたのよ。かりん糖専門店でね。あ、かりん糖ってご存知かしら? 並行世界にもかりん糖ってあるのかしら」

 どうやら話し出すと止まらなくなるタイプの女性らしい。

 一気に部屋の空気が揉みほぐされ、軽くなった雰囲気にくすぐられて侑子が笑い出した。
紡久も先程までの暗い気持ちがいくらか明るくなって、侑子と共にかりん糖についての話題に相槌を打ち始めたのだった。
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