63.緋色の瞳

文字数 736文字

 誰もいないだろうと思っていた部屋の中に人の姿があったので、侑子は思わず息を呑んだ。
いつもだったらザゼルが昼食を運び終わっている時間を、とうに過ぎているはずだった。

 侑子の入室に気づいた人物が、静かに振り返った。
小さなテーブルに、盆に乗せた食器を並べているところだったらしい。

 緋色の髪と瞳を持つ、年配の女だった。激しい色調の目のはずなのに、浮かべる表情はなく、建物同様無機質な印象を受けた。

「ザゼルは」

 咄嗟に頭に浮かんだ言葉を口にしていた。

「不在にしているわ。ですから私が代わりに」

 女は答えると、淡々と配膳を進めていく。食器からは湯気が立ち上っていた。
いつもなら運び終えてから時間が経っていたので、侑子が口にする頃には食事は冷めきっていた。

「温め直してくれたんですか」

 食事を運んでくると告げられていた定刻から、一時間以上経っていた。侑子は戸惑いながら訊ねる。

「食事が終わったら、話があるの」

 侑子の質問には答えず、女は言った。

「済んだら来るように。これが案内するから、ついて来て」

 女がベッドサイドの床を視線で示した。侑子がそこを見ると、サッカーボール大の球体が転がっている。金属の光沢と、所々にネジ留めされている箇所が見える。
 侑子が見つめていると、球体はコロコロと転がりながら足元まで移動してきた。その自発的な動きに、侑子ははっと目を見開いた。

「ロボット?」

 侑子の呟きに返答するかのように、ネジ穴の隣の小さなランプが、白く点滅した。

「私はこれで」

 女は部屋を出ていこうとした。
ドアを開けた彼女の背中に、侑子は問いかける。

「あなたはここの研究員ですか。名前は」

 答えが返ってくることは期待しなかったが、念のためだ。

「シグラ」

 短い応えと同時に、ドアが閉まった。

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