梅仕事③

文字数 1,013文字

 水洗いした大量の梅の実を、一つ一つ清潔な布巾で拭いて水分を取り除いていく。
 ヘタのくぼみに僅かな水分すら残さないように丁寧に、まるで硬度の低い宝石を優しく磨くように。

「魔法で乾かさないんですね」

 風呂上がりの濡れ髪を一瞬で乾かしたり、うっかり汚してしまった衣類を着たまま洗って乾燥させたりと、魔法はとても便利である。

 この梅仕事においても魔法の力を借りれば、一連の作業を終えるのに一時間もかからないだろう。しかし誰も魔法は使おうとはしなかったし、それに対して疑問や不満を持つ様子も見えなかった。

「使わない方が楽しいからな」

 ジロウが答える。

「魔法は一瞬で何事も完結させてくれるが、楽しみまで完結させちゃうところがあるから。時と場合を考えて賢く使わないと。こういう時は魔法の出番がない方がいいんだよ。だって、楽しいだろその方が」

「わかります」

 侑子は笑顔で頷いた。水分を吸い取った布巾は少しずつ重たくなる。新しいものに取り替えて、また新しい梅の実を手に取った。

「飲み会の席で話すのとも、向かい合ってじっくり話すのとも違うのよね。こういうことしながら、話すのって」

 スズカは思い出すようにしてゆっくり言葉を紡いだ。

「毎年同じ時期に同じ様にしてるからかな。恒例行事みたいな感じでもあるよね。こうやって皆で話をしながら、大抵は普段と変わらない話題が多いけど、たまに驚くようなことがあったり――さっきのハルカの話みたいに。出来上がった梅シロップのジュースを飲んだらその時のことを思い出して、楽しかったなぁとか振り返ったりしてさ」

 そうですね、とノマが頷く。

「魔法で一瞬で済んでいたら、そうはいきませんね。記憶には残らないし、出来上がったシロップもただのシロップでしかない。魔法が介入しないことは、その分付加価値がつくということでしょうか。他のものに代えることの出来ない物に仕上がるんですよね」

「なるほど」

 紡久は神妙な面持ちだった。

「魔法の世界って、何だか想像していたのと違うな。便利な魔法が尊重されているんだと思ってたけど、そういうわけじゃないんですね。むしろ魔法を使わないことに価値を置くんだ」

「私達の世界じゃ、魔法は憧れの対象だったよね」

 侑子は紡久に対して同意の相槌を打った。

「人間は自分が持っていない物に対して、憧れや価値を見出しがちなんだ、きっと」

 そう呟いたのはユウキの声で、その声はいつも通り侑子の耳に心地よく響いた。
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