16.行進

文字数 2,328文字

 深い樹海の中を、一列に並んで歩いた。

先頭は頭頂部だけが青い白クマで、背中一面が硝子の鱗で輝いている。

そのすぐ後ろを行くのは紡久だ。
彼は覆い茂った草木を見つけるや、速やかに魔法で薙ぎ倒した。

こうして道を作りながら、大小のあみぐるみ達と人間の男三人が成す奇妙な行列は、深い森の中を前進し続けた。

 王都を出発して、五日目だった。
まだ昼前だが、深い木々に空は覆われて、足元が曖昧な程に薄暗い。

「休憩しよう」

 最後尾を歩くアミの声で、一同は歩みを止め、お互いの顔が見える位置まで移動した。自然と列の中央にいたユウキを、囲むような陣営になる。

「水飲みますか」

 ザックにぶら下げたカップに、紡久が水を満たした。彼の魔法によるものである。

受け取ったユウキは笑った。

「ありがとう。ツムグくんがついてきてくれて、本当に良かった」
「彼がいるおかげで、水の心配がないんだものな。荷物も軽い」

 頷いたアミは、辺りを見回しながら、手に持った地図を確認している。しかし、すぐに首を振った。

「どの辺りを歩いているのか、さっぱり分からない。ツムグくんがいなかったら、立派な遭難者だ」

 ぷぅぷぅ! と、あみぐるみたちから非難するような音が漏れる。
三人は笑った。

「信用しろって、言ってるのかな」

 紡久が抱き上げたクマ(特大)は、頭を上下させている。頷いているのだろう。

「悪かったよ、信じている。でなかったら、ついて行こうだなんて思わなかったさ」

 アミは機嫌を取るように、小さなあみぐるみ達を肩に乗せてやった。満更でもなさそうに、ピィピィ歌う声が聞こえてきた。

 笑う三人の男達は、腰を下ろし、足を休ませながら軽食をつまんだ。

食物を噛み締めていると、現実感の薄い樹海の外へと、意識が解放されていく。この場所に至るまでの記憶が、三人の中で振り返られていった。



***




 あみぐるみ達の案内で、侑子を迎えに行くと言い出したユウキを、止められる者はいなかった。
実際あみぐるみ達は動いていたし、彼らから侑子の魔力を感じ取ったのは、ユウキだけではなかった。

 一番始めに同行者として手を挙げたのは、アミだった。

『ユウキがステージに立たないんじゃ、俺も仕事を休まざるをえないだろう? あみぐるみだけじゃ、話し相手がいないじゃないか。護符も役に立つと思うよ』

 そう理由を述べたアミは、テーブルの上に数種類の護符を並べた。

炎を起こす札、水脈を導く札など、確かに普段から避難所で重宝される護符ばかりだった。人々の魔力枯渇や回復遅延が当たり前になった昨今では、神職が提供する護符は、魔石に代わる生活必需品になっていた。提供できる量は魔石よりも圧倒的に少なく、効果も弱い上に一時的なものであったが、それでも人々は縋るように求めた。

『俺も。一緒に行きたい』

 次に立ち上がったのは、紡久だった。彼は宣言した直後に、伺うようにジロウの方を見た。

『……いいですか? やっぱり、こっちに残った方がいいでしょうか……』

 紡久の魔力は、唯一枯渇しない特殊な無属性だった。混乱と紡久本人の安全を考慮して、世間には固く秘密にされていたことだ。

それでも紡久はこの数年間、エイマンとラウトを通じて、魔石の供給を行っていた。自身の魔力を提供することで、人々の生活保持に密かに尽力する毎日を送っていたのだった。

 突然不在にしたら、皆困るだろうか。

しかし侑子が戻ってきたかも知れないという驚くべき事態を、一刻も早く確認したくてたまらなかった。

それに、目的地が明確ではない旅に向かうユウキが、純粋に心配だったのだ。

 侑子との文通が途絶えてから、ユウキは自分自身を顧みなくなっていた。大きく地が揺れても、滝のような豪雨が止まらなくても、促さなければ逃げようとしなかった。普通だったら二の足を踏む危険な救助作戦にも、深く考えずに身を投じるようになった。

――生に興味がなくなったみたいだ

 紡久にはそう見えた。
侑子との繋がりを失ったことにより、死に急いでいるのかとも思ったが、多分それも違う。

生に興味がないのと同様に、死にも興味がない。
境界の見えない虚無だけが、ユウキの心に広がっているのだ。

 そんな状態だったユウキを、放っておけなかった。

――もし、万が一、この旅の先に侑子ちゃんがいなかったら……

 恐ろしくなって、心でその先の言葉を考えることすらできなかった。

『こっちのことは心配するな。ユウキについていってやってくれ。ツムグくんが一緒なら、こんなに安心なことはないよ』

 だからほっと胸を撫で下ろしたのだ。ジロウから旅の同行を後押しされて、紡久は大きく頷いていた。



***



「二人とも、本当にありがとう」

 突然の謝意に、紡久とアミは同時にユウキに顔を向けた。

「一人で飛び出してきたら、多分ユーコちゃんを見つける前に、野垂れ死んでた」

 苦笑いするユウキの顔が、酷く懐かしいものに見える。

「まさかこんな、道すらない場所を通るなんてね。ちっとも考えてなかった」

 首をかしげるあみぐるみに、アミは大きく笑った。

「それは誰にも予想できなかっただろうなあ。あみぐるみサイズなら通れても、人間は難しい場所ばかりだ」
「一人でこういう所をずっと彷徨ってたら、気が触れてたかも。だからこうやって会話できる仲間がいて、本当に良かったって思ってるんだ……ユーコちゃんに会うまでは、絶対に死ぬことはできないから」

 紡久はその言葉に、目を瞠ってユウキを見た。
虚ろでも投げやりでもない、凛とした光が、緑の瞳に宿っていた。

――よかった

 一切の心配を手放してその言葉を口に出せるのは、もう少し先の未来かも知れない。

しかし紡久は、久々に目にしたユウキの爛々と光る瞳に、歓喜せずにはいられないのだった。
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