ライブハウス②
文字数 1,796文字
新生変身館の中は、以前のライブハウスよりも大分コンパクトだった。
ステージとホールが一回り小さくなったように思えたのは、もしかしたら侑子が成長したため、そう感じるだけだろうか。しかし控室は一部屋しかなく、その部屋に並ぶ椅子の数は、明らかに以前よりも減っていた。
「ユーコちゃん、こっち向いて」
鏡の前に座っていた侑子は、言葉通りにユウキの方を向いた。
彼の手には、見覚えのあるジュエリーボックスがあった。彼が魔法で自作した装飾品の数々が、保管されているのだ。
「ピアス、いつ開けたの?」
「十八歳の冬だったかな」
「文通できなかった頃だね。知らなかったわけだ」
ユウキの指がピアスホールが開いている場所に、なぞるように触れた。
ゾクリと、首筋から背中にかけて刺激が走る。自分で触るときには何ともないのに、誰かに触れられると、なぜか特別敏感になるのだ。
「自分でつけるよ」
「俺にやらせて。やりたいんだ」
「……っ」
声にならない音が漏れて、ユウキはその音に、静かに笑みを浮かべた。
「つけたよ。うん、すごく似合ってる」
鏡へ身体を向けられて、侑子は自分の耳元へ注目した。
鮮やかな若葉色の、丸い石が目に入った。確かにユウキの瞳と同じ、優しい色合いだった。
そして侑子は、その石を縁取る銀の装飾の形に、あっと声を上げた。
ユウキが肩を抱いて、顔を寄せてくる。
「覚えてる?」
「覚えてるよ」
侑子の耳の上で微笑んでいるのは、羽を広げた小鳥の横顔だった。
羽の上に配された石の色は違うが、全く同じデザインだった。
二人が初めて出会った日。
侑子の魔力を隠した布留めにと、ユウキが指輪から変換させた、あのブローチと同じ装飾だった。
「ブローチもここにあるよ。ほら」
ジュエリーボックスから取り出したそれを、侑子の手のひらに乗せる。
濁りのない青い宝石と、笑ったような鳥の嘴。懐かしい輝きが、そこにあった。
「やっぱりすごく綺麗だね。初めて見た時は魔法に驚いて、じっくり観察できなかったけど」
「そのブローチ、また指輪に戻そうと思うんだ」
「魔法で? あ、私がやってみようかな」
ユウキの魔力の消費が気になっての提案だったが、彼は「いや」と応えた。
「職人さんに頼もうと思ってる。上手な店を知ってるんだ」
「そうなんだ」
「ユーコちゃんも知ってる店だよ」
笑ったユウキが、侑子の左手を取った。透証を貫いた銀のブレスレットに緑の視線が定まったので、侑子は思わず「えっ」と声を上げた。
「あのお店? 残ってるの?」
先程見たばかりの、閑散とした商店街が頭に浮かんだ。ぽつりぽつりと点在していた数件の店のどこかに、あの店もあったのだ。ユウキがこのブレスレットを買ってくれた、思い出深い場所だった。
「今も夫婦二人でやってるよ」
「そうなんだ! 私も行ってみたいな」
「後で部屋探しのついでに、寄ってみよう。一緒にこのブローチの作り替え、頼んでこようよ」
「うん」
楽しみが増えた侑子は笑顔で頷いた。そんな顔を嬉しげに眺めながら、ユウキは握っていた侑子の左手に、口づけを落とした。途端に固まる侑子に、今度はユウキが笑いを零す。
「いちいち照れてて、可愛いな」
「ユウキちゃんが、すぐにこういうことするから」
「君からもやってくれて構わないんだよ」
「それは……ちょっとハードルが高いかな」
「こっちの世界じゃ、普通のスキンシップなのに」
「それ本当?」
ハハハ、と大きく笑ったユウキは、「それから」と、侑子の左手を再び引き寄せた。
「指輪、ユーコちゃんのこの指の大きさにしてもらうつもりだから」
褐色の指先が触れたのは、薬指だった。侑子の表情を見たユウキは、意外そうな声を返す。
「あれ? もしかして並行世界でも、同じ風習だった?」
「……念のためどんな風習なのか、聞いてもいい?」
「そちらからどうぞ」
悪戯に笑う大好きなその顔に、侑子はほぼ確信を得たものの、外したら恥ずかしいなと、なかなか言葉にできなかった。
痺れを切らしたのか、ピアスが光る耳に唇を寄せて、ユウキが囁いた。
「結婚しよう」
身じろぎしたのは、耳が擽られたからではない。
「いいよね?」
侑子の返事など、最初から待っていないのだ。
分かり切っているのだから。
この世で一番大好きな声が、生まれる場所。
そこに口づけている間、大好きなその声は聞こえないはずなのに。
侑子は自分の心の境界線が曖昧になるほど、幸福で満たされていた。
ステージとホールが一回り小さくなったように思えたのは、もしかしたら侑子が成長したため、そう感じるだけだろうか。しかし控室は一部屋しかなく、その部屋に並ぶ椅子の数は、明らかに以前よりも減っていた。
「ユーコちゃん、こっち向いて」
鏡の前に座っていた侑子は、言葉通りにユウキの方を向いた。
彼の手には、見覚えのあるジュエリーボックスがあった。彼が魔法で自作した装飾品の数々が、保管されているのだ。
「ピアス、いつ開けたの?」
「十八歳の冬だったかな」
「文通できなかった頃だね。知らなかったわけだ」
ユウキの指がピアスホールが開いている場所に、なぞるように触れた。
ゾクリと、首筋から背中にかけて刺激が走る。自分で触るときには何ともないのに、誰かに触れられると、なぜか特別敏感になるのだ。
「自分でつけるよ」
「俺にやらせて。やりたいんだ」
「……っ」
声にならない音が漏れて、ユウキはその音に、静かに笑みを浮かべた。
「つけたよ。うん、すごく似合ってる」
鏡へ身体を向けられて、侑子は自分の耳元へ注目した。
鮮やかな若葉色の、丸い石が目に入った。確かにユウキの瞳と同じ、優しい色合いだった。
そして侑子は、その石を縁取る銀の装飾の形に、あっと声を上げた。
ユウキが肩を抱いて、顔を寄せてくる。
「覚えてる?」
「覚えてるよ」
侑子の耳の上で微笑んでいるのは、羽を広げた小鳥の横顔だった。
羽の上に配された石の色は違うが、全く同じデザインだった。
二人が初めて出会った日。
侑子の魔力を隠した布留めにと、ユウキが指輪から変換させた、あのブローチと同じ装飾だった。
「ブローチもここにあるよ。ほら」
ジュエリーボックスから取り出したそれを、侑子の手のひらに乗せる。
濁りのない青い宝石と、笑ったような鳥の嘴。懐かしい輝きが、そこにあった。
「やっぱりすごく綺麗だね。初めて見た時は魔法に驚いて、じっくり観察できなかったけど」
「そのブローチ、また指輪に戻そうと思うんだ」
「魔法で? あ、私がやってみようかな」
ユウキの魔力の消費が気になっての提案だったが、彼は「いや」と応えた。
「職人さんに頼もうと思ってる。上手な店を知ってるんだ」
「そうなんだ」
「ユーコちゃんも知ってる店だよ」
笑ったユウキが、侑子の左手を取った。透証を貫いた銀のブレスレットに緑の視線が定まったので、侑子は思わず「えっ」と声を上げた。
「あのお店? 残ってるの?」
先程見たばかりの、閑散とした商店街が頭に浮かんだ。ぽつりぽつりと点在していた数件の店のどこかに、あの店もあったのだ。ユウキがこのブレスレットを買ってくれた、思い出深い場所だった。
「今も夫婦二人でやってるよ」
「そうなんだ! 私も行ってみたいな」
「後で部屋探しのついでに、寄ってみよう。一緒にこのブローチの作り替え、頼んでこようよ」
「うん」
楽しみが増えた侑子は笑顔で頷いた。そんな顔を嬉しげに眺めながら、ユウキは握っていた侑子の左手に、口づけを落とした。途端に固まる侑子に、今度はユウキが笑いを零す。
「いちいち照れてて、可愛いな」
「ユウキちゃんが、すぐにこういうことするから」
「君からもやってくれて構わないんだよ」
「それは……ちょっとハードルが高いかな」
「こっちの世界じゃ、普通のスキンシップなのに」
「それ本当?」
ハハハ、と大きく笑ったユウキは、「それから」と、侑子の左手を再び引き寄せた。
「指輪、ユーコちゃんのこの指の大きさにしてもらうつもりだから」
褐色の指先が触れたのは、薬指だった。侑子の表情を見たユウキは、意外そうな声を返す。
「あれ? もしかして並行世界でも、同じ風習だった?」
「……念のためどんな風習なのか、聞いてもいい?」
「そちらからどうぞ」
悪戯に笑う大好きなその顔に、侑子はほぼ確信を得たものの、外したら恥ずかしいなと、なかなか言葉にできなかった。
痺れを切らしたのか、ピアスが光る耳に唇を寄せて、ユウキが囁いた。
「結婚しよう」
身じろぎしたのは、耳が擽られたからではない。
「いいよね?」
侑子の返事など、最初から待っていないのだ。
分かり切っているのだから。
この世で一番大好きな声が、生まれる場所。
そこに口づけている間、大好きなその声は聞こえないはずなのに。
侑子は自分の心の境界線が曖昧になるほど、幸福で満たされていた。