6.爪痕
文字数 1,347文字
わざとらしいリップ音と共に、こめかみに何かが押し付けられた。
ユウキの意識は、現 へと引き戻される。
――今日も夢は見なかった
「おはよう」
甘い声だ。
聞き覚えがないと思う一方で、馴染み始めたようにも思う女の声。
どちらにしろ、ユウキにとって有象無象に分類される類のものだった。
――最低だな
起きぬけ早々、そんな思考になる自分に嫌気がさした。
しなやかな二本の腕が、ユウキの裸体に絡みついてくる。指先が肌の上で艶めかしく動いている。
声と同様、胸焼けする程甘ったるい動きだった。扇情的で計算されたものであることが、丸分かりである。
「……もう一回、する?」
硬く立ち上がっている下半身の一部に触れながら、女の声は囁き声になった。期待が裏切られることなど、全く心配していない自信が垣間見える。
ユウキは深く息を吸った。
女に気取られないように、そっと吐き出す。
このまま余計な雑念と、小さな嫌悪感など頭から追い払って、彼女の期待に応えることは簡単だった。あっという間に快楽だけを手に入れて、行為を終わらせることなど、造作ない。
花柄のカーテンの隙間から、朝日が差し込んでいる。
この部屋で午前中の光を目にするのは、何度目だったか。
そろそろ終わりにする時かもしれない。
――最低だな
胸の内で繰り返したその言葉は、声に出なかっただろうか。
「ねえ、どう? ここ、つらそうだよ?」
吸い込んだ息を、溜息に変えて吐き出した。
「ただの朝勃ちだ」
生理現象なのだから、辛くも何ともない。好きでもない女に触られて、酔ってもないのにそんな気分にならなかった。
昨夜の深酒のせいで頭痛がする。気分は最悪。そう、最悪だった。
女の手を剥がすように退けた。
「帰るよ」
床に脱ぎ散らかしたままになった服を拾い上げ、あっという間に着衣を整えてしまう。
素っ気ないの一言である。
素面のユウキは、いつだってそうだった。
女は不満げに、大きな溜息をつく。
「もう少し優しくしてくれたって、いいんじゃないの」
投げられた言葉を、無視することはしない。
ユウキは女の方を振り向くことなく、靴を履きながら応えた。
「なぜ?」
「仮にも何度か、こういうことしてる仲なんだし」
「仲」
「セックスしてるじゃない」
「仲ね」
「私のこと、好きじゃないの?」
振り返って見た女の顔が、悲しみと憤りで歪んでいた。そんな顔にさせたことに、罪悪感を覚えるのも確かだ。
「そういう風に、考えたことない」
ユウキの言葉は、容赦なかった。
少しも揺れることのない単調な声音に、女は小さく叫んだ。
「ひどい!」
「期待するなって、言ってあったはずだ」
それでもいいと腕を絡めて、自分の家に引っ張り込んだのは、彼女のほうだった。割り切ってやろうよと持ち出したのも。
「あんたの歌なんか、もう二度と聴きに行かない」
「いいよ」
――君のために歌っているわけじゃないし
続きの言葉は声に出さなかった。余計な火種になるだけだ。
グチャリと、背中に軽い衝撃と共に柔らかい物が付着した音がした。
女がユウキの背中に、生卵を投げつけたのだった。
「二度と来るな」
――笑えるほどベタだな
滑稽に思えたのは、こんなことを繰り返す自分にだろうか。
振り返ることなく、玄関のドアを閉めた。
言われなくとも、もう二度と訪れることはないだろう。
ユウキの意識は、
――今日も夢は見なかった
「おはよう」
甘い声だ。
聞き覚えがないと思う一方で、馴染み始めたようにも思う女の声。
どちらにしろ、ユウキにとって有象無象に分類される類のものだった。
――最低だな
起きぬけ早々、そんな思考になる自分に嫌気がさした。
しなやかな二本の腕が、ユウキの裸体に絡みついてくる。指先が肌の上で艶めかしく動いている。
声と同様、胸焼けする程甘ったるい動きだった。扇情的で計算されたものであることが、丸分かりである。
「……もう一回、する?」
硬く立ち上がっている下半身の一部に触れながら、女の声は囁き声になった。期待が裏切られることなど、全く心配していない自信が垣間見える。
ユウキは深く息を吸った。
女に気取られないように、そっと吐き出す。
このまま余計な雑念と、小さな嫌悪感など頭から追い払って、彼女の期待に応えることは簡単だった。あっという間に快楽だけを手に入れて、行為を終わらせることなど、造作ない。
花柄のカーテンの隙間から、朝日が差し込んでいる。
この部屋で午前中の光を目にするのは、何度目だったか。
そろそろ終わりにする時かもしれない。
――最低だな
胸の内で繰り返したその言葉は、声に出なかっただろうか。
「ねえ、どう? ここ、つらそうだよ?」
吸い込んだ息を、溜息に変えて吐き出した。
「ただの朝勃ちだ」
生理現象なのだから、辛くも何ともない。好きでもない女に触られて、酔ってもないのにそんな気分にならなかった。
昨夜の深酒のせいで頭痛がする。気分は最悪。そう、最悪だった。
女の手を剥がすように退けた。
「帰るよ」
床に脱ぎ散らかしたままになった服を拾い上げ、あっという間に着衣を整えてしまう。
素っ気ないの一言である。
素面のユウキは、いつだってそうだった。
女は不満げに、大きな溜息をつく。
「もう少し優しくしてくれたって、いいんじゃないの」
投げられた言葉を、無視することはしない。
ユウキは女の方を振り向くことなく、靴を履きながら応えた。
「なぜ?」
「仮にも何度か、こういうことしてる仲なんだし」
「仲」
「セックスしてるじゃない」
「仲ね」
「私のこと、好きじゃないの?」
振り返って見た女の顔が、悲しみと憤りで歪んでいた。そんな顔にさせたことに、罪悪感を覚えるのも確かだ。
「そういう風に、考えたことない」
ユウキの言葉は、容赦なかった。
少しも揺れることのない単調な声音に、女は小さく叫んだ。
「ひどい!」
「期待するなって、言ってあったはずだ」
それでもいいと腕を絡めて、自分の家に引っ張り込んだのは、彼女のほうだった。割り切ってやろうよと持ち出したのも。
「あんたの歌なんか、もう二度と聴きに行かない」
「いいよ」
――君のために歌っているわけじゃないし
続きの言葉は声に出さなかった。余計な火種になるだけだ。
グチャリと、背中に軽い衝撃と共に柔らかい物が付着した音がした。
女がユウキの背中に、生卵を投げつけたのだった。
「二度と来るな」
――笑えるほどベタだな
滑稽に思えたのは、こんなことを繰り返す自分にだろうか。
振り返ることなく、玄関のドアを閉めた。
言われなくとも、もう二度と訪れることはないだろう。