疼き⑤

文字数 1,958文字

 チロチロと燃え続ける炎に見入りながら、紡久はジロウに話しかけた。

「加減が大切って話をしてましたけど、やっぱり魔法の加減は、間違えるとまずいものなんですか?」

「そりゃあ。大火事や大水なんて、大惨事だろう」

「……俺にはそこまで大きな火や水を扱うなんて考えられないけど、やろうと思ったらできてしまうってことですか。あの火災みたいに」

 鉄鍋を揺する手は止めないまま、ジロウは言葉を考えているようだった。ゆっくり返事をする。

「そうか。まだツムグくんも、そこまで感覚的に上手く魔法を使うことはできないってことなのか。来たばかりなのだし、無理もないな。ユーコちゃんは君ほどすぐに魔法を使えなかったし、使えるようになった当初は、君とは反対の方向に力の扱いに慣れてなかった……ツムグくんはとろ火や霜のように魔力を小出しにして小さな魔法を出すけれど、ユーコちゃんはきつく締まっていた蛇口のレバーを動かしすぎた人みたいに、一度に大量の魔力を放出させてしまってたな」

 ツムグがあんぐりと口を開ける。

「そうなんですか。大丈夫だったんですか。侑子ちゃんも周りも」

「まぁ突風や可愛いサイズの竜巻だったからな、ユーコちゃんのは。屋内だと大変なことになったけど、外だったら酷いことにならないくらいだった。あれが風の魔法で良かった。炎や水、電気だったら、もっと真剣に対策を考えないといけなかったな」

 ジロウは思い出し笑いで肩を揺らしながら、付け足した。

「そう考えると、ユーコちゃんは緑色の風属性の魔法が得意なのかな。君たち二人の外側から見える魔力は、確かに無色透明だが。うーん。興味深い。まだまだ世の中には、分からないことが多いな。そもそも無属性ってどういうことなのかよく分からんし」

 ジロウは紡久に顔を向けながら続けた。

「話を戻すけど、魔法の加減は扱う本人の気持ち一つさ。大きな炎を起こしたいとか、指先程度の火で大丈夫とか。そう頭でイメージするだけで済む。だからそうだな……魔法で大惨事を引き起こすも起こさないも、使う人間の考え一つで決まってしまうってことだよ。もちろん大きな炎を起こすにはそれなりに魔力は消耗するから、身体の小さな子供や修練が未熟な人には無理だ。ある程度の経験を積んでいる人だったら、誰にでも可能なのさ」

「そうなんですか」

 紡久は驚いて口を開けた。
 一瞬で物質を灰にしてしまえたり、氷漬けにしてしまえる魔法。
そんな能力を誰しも使えてしまうこの世界は、皆が凶器を常に携帯しているようなものではないか。

 物騒ですね、と素直な感想が口をついて出た。

「そうだなぁ。そんなふうに考えたことはなかったけど、そうかもな。こうして平和に毎日が送れていることは、もしかしたら奇跡なのかもしれない。魔法を使える一人一人が、危険にならない程度に魔力をセーブしながら生活してる。……ああ、そうか。その均衡が崩れてしまえば、平和なんて一瞬で消えてしまうものなのかもな」

 紡久に対しての返事だったが、ジロウの独り言のようにも聞こえる。

 いつの間にか出来上がっていた一品を大皿に移すと、熱いままの鉄鍋をシンクに運んで水をかけた。
ジュワッと大きな音を立てて、湯気が立ち上った。

「君たちと話をしていると、新しい視点に気付かされるな」

 ジロウが今言った『君たち』とは、自分と侑子のことを指すのだろう。
 どこか嬉しそうな色を持ったジロウの表情に、僅かに躊躇いを感じつつ、紡久は申し出た。

「ジロウさん。五年前の政争のこと、教えてください」

 今度はちゃんと布巾の上にホイル包みを落とすと、紡久は両手を身体の横に下ろした。

たった今炎がこの手のひらに存在していたとは思えない。紡久の手はいつも少しひんやりしている。

「今日みたいな日に蒸し返したくない話なのは何となく分かってます。けど、知りたい」

 この世界の人々と接する中、時には侑子と二人で話す中で、紡久は少しずつ五年前にこの国に起こった重大な出来事について知るようになった。

色々な人から聞く断片的な情報をつなぎ合わせて、大体の概要は分かっていたが、きちんと知識として整理しておきたい。

それがこの世界に慣れ始めた自分の中で区切りをつける行為なのか、先程のジロウの『平和なんて一瞬で消えてしまうもの』という言葉が気になったからなのかは、よく分からない。

 ジロウは微笑むと、短く頷いた。いつもの軽口をたたく時と変わらない口調で応じる。

「もちろんいいぞ。おじさんの持論と一方的な見解も交えながら、解説してやろう。言っておくけど、多分結構偏ってるから。他の人からも話を聞くようにしろよ」

 紡久が焼いたじゃがバターを二つの小皿に乗せると、マグカップに淹れたコーヒーと共にジロウはダイニングテーブルに運んだ。

 少し長い話になりそうだった。
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