十二月⑨
文字数 1,107文字
「あっ。リリーさんおはよう」
買い出しを頼まれた侑子は変身館の玄関を出たところで、佇むリリーの姿を見つけた。
朝からここへやってくるのは珍しい。リリーも年末年始をジロウの屋敷で過ごす一人で、既に侑子と同じ屋根の下で生活を共にしていた。
そんな彼女がライブハウスにやってくるのは、いつも大体出番の一時間前だ。ピアノの弾き語りでたった一人でステージに立つことの多いリリーは、準備や打ち合わせに時間がかからない。
そして大体彼女の出演する時間は夕方か深夜が多いのだ。
「どうしたんですか?」
聞こえなかったのだろうか。
返事を返すことなくぼんやりと地面の一点を見つめるリリーに違和感を感じて、侑子は顔を覗き込むようにして近づいた。
「あ……! ユーコちゃん。ごめんごめん。ぼーっとしてた」
侑子に気づいたリリーは笑いながら挨拶を返してきたが、やはり表情にも声にも陰りがあった。
なんだか顔つきが幼いような印象があったが、化粧をしていないのだと気づいた侑子は目を丸くした。
見たことのない様子のリリーが途端に心配になってくる。
「具合悪いんですか?」
「ああ、違うの。心配させてごめんね。エイマンとここで待ち合わせしてるだけなの。時間ギリギリまで寝坊しちゃったから、慌てて出てきて」
すっぴんだわ、と恥ずかしそうに笑うリリーの声に活気が感じられない。
ますます心配になる侑子だったが、その耳がリリーを呼ぶ男性の声を捉えた。
「ユーコさん。おはよう」
近づいてきたエイマンが挨拶してくる。彼の方はいつも通りだった。
後方に停車するタクシーが目に入った。これから二人はあのタクシーでどこかへ出かけるのだろう。
「ちょうど良かった。ジロウさんには承諾を取ったんだけど、君にも話しておくよ。年末までリリーはステージに出られなくなる」
「えっ」
驚いた侑子は咄嗟にリリーを見た。
「やっぱり具合悪いんじゃないですか。大丈夫ですか」
「違うのよ、ユーコちゃん。本当に身体は大丈夫だから」
「ちょっと旅行に行ってくる」
「ええ?」
エイマンの端的な説明に更に驚く。
「すまないな。既に組んであったスケジュールに大きく穴を開けることになった。その穴を埋めるのに、ユウキくんたちがかなり忙しくなってしまう」
リリーの手荷物をタクシーに運び入れながらエイマンはいつもの淡々とした口調で説明したが、申し訳無さそうな表情をしていた。
「ユーコちゃん、ユウキにもお願いって謝っておいてくれる?行ってくるわね」
弱々しく笑うリリーに、それ以上言葉をかけることもできずに侑子は頷いた。
リリーの隣に乗り込んだエイマンに手を振って、走り去るタクシーをしばらくの間呆然と見送ったのだった。
買い出しを頼まれた侑子は変身館の玄関を出たところで、佇むリリーの姿を見つけた。
朝からここへやってくるのは珍しい。リリーも年末年始をジロウの屋敷で過ごす一人で、既に侑子と同じ屋根の下で生活を共にしていた。
そんな彼女がライブハウスにやってくるのは、いつも大体出番の一時間前だ。ピアノの弾き語りでたった一人でステージに立つことの多いリリーは、準備や打ち合わせに時間がかからない。
そして大体彼女の出演する時間は夕方か深夜が多いのだ。
「どうしたんですか?」
聞こえなかったのだろうか。
返事を返すことなくぼんやりと地面の一点を見つめるリリーに違和感を感じて、侑子は顔を覗き込むようにして近づいた。
「あ……! ユーコちゃん。ごめんごめん。ぼーっとしてた」
侑子に気づいたリリーは笑いながら挨拶を返してきたが、やはり表情にも声にも陰りがあった。
なんだか顔つきが幼いような印象があったが、化粧をしていないのだと気づいた侑子は目を丸くした。
見たことのない様子のリリーが途端に心配になってくる。
「具合悪いんですか?」
「ああ、違うの。心配させてごめんね。エイマンとここで待ち合わせしてるだけなの。時間ギリギリまで寝坊しちゃったから、慌てて出てきて」
すっぴんだわ、と恥ずかしそうに笑うリリーの声に活気が感じられない。
ますます心配になる侑子だったが、その耳がリリーを呼ぶ男性の声を捉えた。
「ユーコさん。おはよう」
近づいてきたエイマンが挨拶してくる。彼の方はいつも通りだった。
後方に停車するタクシーが目に入った。これから二人はあのタクシーでどこかへ出かけるのだろう。
「ちょうど良かった。ジロウさんには承諾を取ったんだけど、君にも話しておくよ。年末までリリーはステージに出られなくなる」
「えっ」
驚いた侑子は咄嗟にリリーを見た。
「やっぱり具合悪いんじゃないですか。大丈夫ですか」
「違うのよ、ユーコちゃん。本当に身体は大丈夫だから」
「ちょっと旅行に行ってくる」
「ええ?」
エイマンの端的な説明に更に驚く。
「すまないな。既に組んであったスケジュールに大きく穴を開けることになった。その穴を埋めるのに、ユウキくんたちがかなり忙しくなってしまう」
リリーの手荷物をタクシーに運び入れながらエイマンはいつもの淡々とした口調で説明したが、申し訳無さそうな表情をしていた。
「ユーコちゃん、ユウキにもお願いって謝っておいてくれる?行ってくるわね」
弱々しく笑うリリーに、それ以上言葉をかけることもできずに侑子は頷いた。
リリーの隣に乗り込んだエイマンに手を振って、走り去るタクシーをしばらくの間呆然と見送ったのだった。