92.対ロボット撃沈爆弾
文字数 1,405文字
「ああっ! くそっ! ベタベタするなぁ!」
悪態をつきながらぬるま湯を張ったタライの中に両手を突っ込むと、高速ですり合わせる。そうすると手にくっついた高粘着のジェルが、割りと素直に剥がれ落ちるのだ。
「落ち着いてやったほうが、きっと効率いいわよ。ほらどいて。お湯交換してくるから」
アオイの背中をトントンと軽くたたいて、首に手ぬぐいをかけてやったのはミツキだった。彼女はタライを「よいしょ」と持ち上げると、地面に置いた大きな濾 し器の上から湯を流し捨てた。濾し器の細かな網の上には、薄緑色のぶよぶよした物体が残った。
「このジェル、再利用する前に少し乾かしたほうがいいのよね?」
「ああ。三十分くらいその辺に放置しておくだけでいいよ。水分が少し抜けてちょうどいい硬さになるから」
再び作業に戻ったアオイに、ミツキは「了解」と返した。
二人は、アミやヤヒコのいる前線部隊からほど近い陣営にいる。
堅牢な軍事車両に守られるように囲われた中に急遽設えられたのは、簡易軍需工場だ。
正確に言えば、工場というよりも作業場、それよりもキッチンに近いのかもしれない。工具の出番は少なく、必要とされるのは魔力――それも科学者として素地のある、専門知識を有した者の魔力だった。完成までのスピードが要求されているので、作業の大半は魔法を必要とするのだ。
「アオイ! 追加をくれ」
駆け込んできたのはハルカだった。どこから入手したのか、いつの間にか軍服姿だった。略帽に記された紋は、王府のものだ。
「ハルカぁ。補給終わったら、こっちを手伝ってくれよ」
「手伝ってやりたいのは山々だけど、俺の魔法が役に立つとは思えないんだよな。お前の言ってた化学式、ちんぷんかんぷんだったし……」
済まなそうに頭を掻いたハルカは、励ますように付け足した。
「もうすぐ応援くるんだろ? 港町の大学から。もう少しの辛抱だ」
「ヤチヨちゃんもすぐ来るわ。大丈夫よ」
ミツキの声も加わる。アオイは気を取り直したように、大きく頷いた。
「頑張って」
高粘着のジェルで、黒い小さな立方体を包み込んでいく。立方体は二センチ四方で、緑色のジェルで包み込む様子は、まるで草餅の中に餡玉を入れる菓子職人のようだった。
しかし、決して菓子作りをしているわけではない。ジェルを包む際には、魔法を発動する。
アオイの頭の中には、複雑な数式の羅列が並んでいた。それらが魔力と結びつくイメージが浮かび、最後にイメージ中の等号が輝くと同時に、ベタベタだったジェルはつるつるとした磨いた大理石の感触へと変化している。
――対ロボット撃沈爆弾
そんな風に名付けたのは、アオイだった。彼の発案である。
ちょうど魔石と同じ大きさの球体は、ロボットに向かって投げて使用する。目的物に打つかると表面が割れ、中の高粘着ジェルが付着する。これがなかなかとれない厄介な素材で、付着したままロボットを構成する金属を腐食していく。更に餡玉の如くジェルで包み込んだ黒の立方体は、強い衝撃を受けると超強力な磁力を発生させるのだ。それによってロボットの心部――動力回路を破壊する狙いだった。
既に実戦で使われ、効果は上々だ。
緑色の爆弾が命中したロボットは、三十秒と持たず爆発しているという。
「……まさかこの俺が、ロボットを壊すための道具を作っているなんてね」
呟いた独り言はとても小さな声だったので、ミツキにもハルカにも聞こえなかった。
悪態をつきながらぬるま湯を張ったタライの中に両手を突っ込むと、高速ですり合わせる。そうすると手にくっついた高粘着のジェルが、割りと素直に剥がれ落ちるのだ。
「落ち着いてやったほうが、きっと効率いいわよ。ほらどいて。お湯交換してくるから」
アオイの背中をトントンと軽くたたいて、首に手ぬぐいをかけてやったのはミツキだった。彼女はタライを「よいしょ」と持ち上げると、地面に置いた大きな
「このジェル、再利用する前に少し乾かしたほうがいいのよね?」
「ああ。三十分くらいその辺に放置しておくだけでいいよ。水分が少し抜けてちょうどいい硬さになるから」
再び作業に戻ったアオイに、ミツキは「了解」と返した。
二人は、アミやヤヒコのいる前線部隊からほど近い陣営にいる。
堅牢な軍事車両に守られるように囲われた中に急遽設えられたのは、簡易軍需工場だ。
正確に言えば、工場というよりも作業場、それよりもキッチンに近いのかもしれない。工具の出番は少なく、必要とされるのは魔力――それも科学者として素地のある、専門知識を有した者の魔力だった。完成までのスピードが要求されているので、作業の大半は魔法を必要とするのだ。
「アオイ! 追加をくれ」
駆け込んできたのはハルカだった。どこから入手したのか、いつの間にか軍服姿だった。略帽に記された紋は、王府のものだ。
「ハルカぁ。補給終わったら、こっちを手伝ってくれよ」
「手伝ってやりたいのは山々だけど、俺の魔法が役に立つとは思えないんだよな。お前の言ってた化学式、ちんぷんかんぷんだったし……」
済まなそうに頭を掻いたハルカは、励ますように付け足した。
「もうすぐ応援くるんだろ? 港町の大学から。もう少しの辛抱だ」
「ヤチヨちゃんもすぐ来るわ。大丈夫よ」
ミツキの声も加わる。アオイは気を取り直したように、大きく頷いた。
「頑張って」
高粘着のジェルで、黒い小さな立方体を包み込んでいく。立方体は二センチ四方で、緑色のジェルで包み込む様子は、まるで草餅の中に餡玉を入れる菓子職人のようだった。
しかし、決して菓子作りをしているわけではない。ジェルを包む際には、魔法を発動する。
アオイの頭の中には、複雑な数式の羅列が並んでいた。それらが魔力と結びつくイメージが浮かび、最後にイメージ中の等号が輝くと同時に、ベタベタだったジェルはつるつるとした磨いた大理石の感触へと変化している。
――対ロボット撃沈爆弾
そんな風に名付けたのは、アオイだった。彼の発案である。
ちょうど魔石と同じ大きさの球体は、ロボットに向かって投げて使用する。目的物に打つかると表面が割れ、中の高粘着ジェルが付着する。これがなかなかとれない厄介な素材で、付着したままロボットを構成する金属を腐食していく。更に餡玉の如くジェルで包み込んだ黒の立方体は、強い衝撃を受けると超強力な磁力を発生させるのだ。それによってロボットの心部――動力回路を破壊する狙いだった。
既に実戦で使われ、効果は上々だ。
緑色の爆弾が命中したロボットは、三十秒と持たず爆発しているという。
「……まさかこの俺が、ロボットを壊すための道具を作っているなんてね」
呟いた独り言はとても小さな声だったので、ミツキにもハルカにも聞こえなかった。