巡業②

文字数 1,649文字

 停車している間の侑子は、なかなか多忙だった。

 夜はライブハウスで歌い、そして昼間はアオイ達と研究所と大学を周り、ロボットに魔法をかける。

侑子の魔法のことは、アオイと彼の仲間の一部しか知らない。

彼女が来訪者であり、枯渇しない特別な魔力の持ち主であることは、相変わらず秘密のままだ。

その為、秘密を知るアオイ達は、自分たちが開発に成功した特殊な動力機器と偽った部品を、各地の科学者が作ったロボットに組み込む作業を都度行った。

「俺ってなかなか、演技力あると思わない?」
 
 大学の門を出たワゴン車の車内で、アオイが助手席に座る侑子に話しかけた。

「特殊な動力機器って、あれさ――廃材を密封しただけの、ただの金属の箱なんだぜ?」

「罪悪感湧いてくるね……」

「いやいや、そんなつもりで言ったんじゃないから」

 肩をすくめる侑子に、アオイは笑う。

「楽しくなってきた。騙してるといえば、まぁそうなんだけどさ。こういうのって、良い嘘(ホワイトライ)だろ? 誰も傷つけない」

「アオイ。今日回る場所は、ここで最後だったな?」

 後部座席に座る研究員のザゼルが、手帳を片手に訊いてきた。アオイは頷く。

「今のとこで終わり。明日は休みだ。明後日またユウキ達が移動するから、それについていこう」

「次は海沿いに北上するんだよね」

「ああ」

 侑子が広げるのは、地図帳だ。
透証は相変わらず使えないので、こういった確認もアナログである。

「富山県……か」

 侑子の呟きに、アオイは「トヤマケン?」と反応した。

「県っていうのは、並行世界での行政区画の呼び名のことだよ。次に行こうとしてる場所、日本では富山って呼ばれる地域なの」

「へえ。そうか。向こうとこっちでは、地形に違いはないんだっけか。面白いよな」

「ああ。実に興味深い」

 後部座席のザゼルも、神妙に頷いている。彼もアオイ同様、地方の大学で研究していたが、被災を理由に王都へ移り住んだ過去を持っていた。アオイとは歳も近いこともあり、意気投合して現在に至るまで、共に仕事を続けてきた仲だった。

「ユーコちゃんは、トヤマに行ったことはあったの?」

 ザゼルと侑子も、すっかり打ち解けていた。侑子の二度目の来訪以降に、彼女が並行世界出身である事情を知る者は少ない。彼はその内の一人だった。

「うん。あるよ。一度だけだけど」

 更に続けようかとも思ったが、侑子はそこで言葉を切った。
深い理由があったわけではない。ただの気分だ。

――富山。野本くんと遊びに行った、あの遊園地があった場所

 侑子が降り立ったあの廃墟は、どうなっているだろうか。

メム人達は、天膜破壊の犯人達が侑子を追って、あの廃墟へやって来ると話していた。

 ヤヒコは、廃墟へ赴いたのだろうか。
相変わらず彼のその後は、分からないままだ。アミに訊ねてみたが、王府の前線部隊の動きは把握しているが、ヤヒコが行動を共にしているのかまでは、分からないとのことだった。

――心配だな。元気でいるといいけど

 どうやって侑子の居場所を知るのか謎だが、ヤチヨからの手紙を携えた野鳥は、キャンピングカーにも度々飛んできた。

ヤチヨが伝えるのは、相変わらず子供たちやランの日常など、平和な風景ばかりだった。
野鳥は侑子の返信も運んでくれたが、ヤヒコについて訊ねても、『分からない』の五文字で済まされてしまう。

――ヤチヨちゃん達も本当に知らないのか。それとも、心配させないために、隠してるだけかな

 どちらにしたって、悶々とさせるのには変わりなかった。

――今度鳥がやってきたら、『会わない?』って書いてみようか

 侑子が滞在したメムの拠点がどの辺りだったのか、そして次に彼らが移動する予定だった場所が何処なのか。侑子には全く見当はつかない。

――災害は今のところ全国どこにも、起こっていない。天膜破壊は終ったの……? ヤヒコさんは、犯人を捕まえたのかな

『きっと一段落ついたら、すぐに会いに来るよ』

 兄の行動を予測したヤチヨの文字が、脳裏に蘇る。

あれから半年以上経つ。
まだヤヒコは、侑子達に会いに来ていなかった。
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