貢献②
文字数 1,337文字
(その傷、どうしたの?)
ヤチヨの視線が注がれる先と、その文を見て、侑子はああ、と呟いた。
薄衣はすっかり水分を含んで、透けていた。侑子の肌に点々と散る、小さな赤黒い沢山の痣。首筋から鎖骨、乳房、腹、内腿、背中にもくっきりと。まるで刻印されたような、痛々しい内出血の跡が、ヤチヨの前に曝け出されていたのだ。
「傷じゃないよ。キスマークだよ」
首を傾げながら、怪訝な表情のヤチヨは、どうやら分かっていないようだった。
――ずるいな、私は
裕貴について、話していなかった。
ユウキのことを恋人だと説明していたのにも関わらず、数日前まで一緒にいたもう一人の恋人の存在は、隠していたのだ。
自分に親切にしてくれるメム人から、軽蔑されたくないがための、保身だった。
「日本にね……並行世界に、恋人がいたんだ。こっちに来る直前、ヤチヨちゃんに見つけてもらう少し前まで、その人と一緒にいたの。手を繋いでた。彼が通ったドアを、私は通れなかったの。同じ場所に出るはずだったけど、私はこの世界に来ていたから」
ヤチヨは相槌を打ちながら、侑子の説明を飲み込んでいるようだった。
どういう感情からの表情なのか、眉を寄せたり、唇を歪ませたり、複雑な変化が短時間の間に、彼女の顔の上で繰り広げられた。
「この痕、口で強く吸われると、こんな風に皮膚の上に残るんだよ。口で付けられた内出血ってことなんだけど……分かるかな」
説明しながら、恥ずかしさは全く感じなかった。
折角打ち解けて友人になった人から、軽蔑されるだろうという、嫌な予感からだった。むしろどんどん冷静になっていく。
(痛くない?)
ヤチヨの片方の手が、侑子の鎖骨へと伸びた。くっきりと残る痕のひとつを、彼女の白い指が優しく撫でた。
「痛くないよ」
(それなら、良かった)
ヤチヨは笑顔で頷いた。
その顔が少しの冷たさも含まないものだったので、侑子はほっとしたような、余計に不安になるような、妙な気分に陥った。
「ねえ、ヤチヨちゃん」
言い訳しようと呼んだのかも知れない。
だから、ヤチヨが遮るようにタブレットを見せてきてくれて、良かったのだと、侑子はその数秒後に振り返った。
言い訳なんて、できる立場ではないのだ。
(そろそろ上がったほうがいい。この温泉、薬効がある。疲れにも怪我にも効く。ただ、疲れすぎている時には、誘眠作用が強い)
「そうなんだ。……あぁ、確かに」
湯は浸かった肌が見えなくなるほど白濁していて、少しもったりとしている。匂いもどこか甘く、薬っぽい。薬効があるという説明には、納得できた。
(深く寝たら、運ばなきゃいけなくなる)
「それはダメだね。裸で運ばれるの、恥ずかしいし。ヤチヨちゃん……も…………たい、へん……」
視界がグラリと揺れたような気がして、侑子はそれが、自分が眠りに落ちる一歩手前だと分かった。
徹夜した翌日の授業、特に昼下がりの退屈な授業で、たまにこんな風にカクンと頭が落ちてしまうことがあった。
――いけない
両手で頬をパチンと叩くと、僅かに睡魔が後退する。
なんとか立ち上がり、ヤチヨに腕を貸してもらいながら、侑子は湯治場からテントまで戻ることが出来たのだった。
頭はぼうっとして、意識の半分近くは、白濁する湯の中に忘れてきてしまった気がした。
ヤチヨの視線が注がれる先と、その文を見て、侑子はああ、と呟いた。
薄衣はすっかり水分を含んで、透けていた。侑子の肌に点々と散る、小さな赤黒い沢山の痣。首筋から鎖骨、乳房、腹、内腿、背中にもくっきりと。まるで刻印されたような、痛々しい内出血の跡が、ヤチヨの前に曝け出されていたのだ。
「傷じゃないよ。キスマークだよ」
首を傾げながら、怪訝な表情のヤチヨは、どうやら分かっていないようだった。
――ずるいな、私は
裕貴について、話していなかった。
ユウキのことを恋人だと説明していたのにも関わらず、数日前まで一緒にいたもう一人の恋人の存在は、隠していたのだ。
自分に親切にしてくれるメム人から、軽蔑されたくないがための、保身だった。
「日本にね……並行世界に、恋人がいたんだ。こっちに来る直前、ヤチヨちゃんに見つけてもらう少し前まで、その人と一緒にいたの。手を繋いでた。彼が通ったドアを、私は通れなかったの。同じ場所に出るはずだったけど、私はこの世界に来ていたから」
ヤチヨは相槌を打ちながら、侑子の説明を飲み込んでいるようだった。
どういう感情からの表情なのか、眉を寄せたり、唇を歪ませたり、複雑な変化が短時間の間に、彼女の顔の上で繰り広げられた。
「この痕、口で強く吸われると、こんな風に皮膚の上に残るんだよ。口で付けられた内出血ってことなんだけど……分かるかな」
説明しながら、恥ずかしさは全く感じなかった。
折角打ち解けて友人になった人から、軽蔑されるだろうという、嫌な予感からだった。むしろどんどん冷静になっていく。
(痛くない?)
ヤチヨの片方の手が、侑子の鎖骨へと伸びた。くっきりと残る痕のひとつを、彼女の白い指が優しく撫でた。
「痛くないよ」
(それなら、良かった)
ヤチヨは笑顔で頷いた。
その顔が少しの冷たさも含まないものだったので、侑子はほっとしたような、余計に不安になるような、妙な気分に陥った。
「ねえ、ヤチヨちゃん」
言い訳しようと呼んだのかも知れない。
だから、ヤチヨが遮るようにタブレットを見せてきてくれて、良かったのだと、侑子はその数秒後に振り返った。
言い訳なんて、できる立場ではないのだ。
(そろそろ上がったほうがいい。この温泉、薬効がある。疲れにも怪我にも効く。ただ、疲れすぎている時には、誘眠作用が強い)
「そうなんだ。……あぁ、確かに」
湯は浸かった肌が見えなくなるほど白濁していて、少しもったりとしている。匂いもどこか甘く、薬っぽい。薬効があるという説明には、納得できた。
(深く寝たら、運ばなきゃいけなくなる)
「それはダメだね。裸で運ばれるの、恥ずかしいし。ヤチヨちゃん……も…………たい、へん……」
視界がグラリと揺れたような気がして、侑子はそれが、自分が眠りに落ちる一歩手前だと分かった。
徹夜した翌日の授業、特に昼下がりの退屈な授業で、たまにこんな風にカクンと頭が落ちてしまうことがあった。
――いけない
両手で頬をパチンと叩くと、僅かに睡魔が後退する。
なんとか立ち上がり、ヤチヨに腕を貸してもらいながら、侑子は湯治場からテントまで戻ることが出来たのだった。
頭はぼうっとして、意識の半分近くは、白濁する湯の中に忘れてきてしまった気がした。