78.交渉
文字数 1,236文字
「想定外でした」
いつものように二体の半魚人が待つ部屋に入室した侑子に、開口一番そう告げたのはブンノウだった。
その言葉に、侑子の背は緊張にこわばる。
――ばれた?
あみぐるみを使いにした外部との連絡を、気付かれたのだろうか。
「こんなに早くに周りをかためられるとは、予想外でしたよ。あなたは日々散歩を日課にしているようだから、もうご存知でしょう。この廃墟の周りは、すっかり軍に囲まれている」
反応しないように歯を食いしばった。ブンノウの方は見ずに、眼の前の半魚人の鱗を見つめていた。
「あなたをここへ攫ってきた時点で、もう場所は分かってしまっていたでしょうけどね――メム人。聞いたことはあったが、こんなにも厄介な存在とは思いもしなかった。これも想定外でした」
侑子と半魚人のいる側へ、硝子壁を超えてブンノウがやってきた。直ぐ側に歩み寄った足音と気配が感じ取れて、侑子の心臓が壊れるほどに早鐘を打ち始める。
「今日はあなたに二点、新しい情報をお伝えしようと思います」
ブンノウの口調はいつもと変わらない。彼は椅子に腰掛けて、侑子にも座るよう促した。
「一つ目。王府が提案してきました。あなたとツムグを解放する代わりに、鍵と守役を差し出すと」
「え……」
咄嗟に大きな反応を示した侑子に、ブンノウは微かに笑った。
「私が来訪者の魔力を欲していることを、お分かりのようだ。来訪者を得るために鍵が欲しかったことも。ですが」
ハハ、と一声笑い声を間に挟んだ。
「この交渉は決裂です」
自らの後ろに控える、シグラに顔を向けてブンノウは頷いた。
再び侑子に向き直ると、彼は笑顔のまま口を開く。
「あなたには、もうシグラから説明があったでしょう? ツムグと引き合わせた日に。新たな来訪者の獲得のやり方を、私たちは神器を使わない手段に切り替えることに決めた。そっちの方がはるかに効率が良いから。倫理的には問題はあるみたいですけどね。私にはその辺は問題ではない。あなたとツムグの身体に負担ない方法は、既に準備できています」
「……おかしい」
「そうですか? 別にあなた方に行為をしろと強要はしませんよ。生殖細胞を分けてもらうだけです。痛みのない方法で。抵抗されたら身体に負担があるので、眠っている間に済ませますし。受精卵ができた後も、あなたの子宮を使うことはないので安心してください。なので同時に何人もの子供を作ることができる」
「やめてよ」
「採卵する時には、ちゃんと事前にお知らせします」
「絶対嫌だ」
「申し訳ありませんが、拒否されても遂行します。そのうちね。そんなわけで、この交渉には否と返事を出します」
怒りと恐怖で身体が戦慄いたが、不自然に力が入らない。椅子に座った姿勢のまま、侑子は動けなくなっていた。
そんな彼女の様子に、ブンノウはどこか満足気である。
「話を続けましょう。二つ目の話です」
半魚人の底なしの四つの瞳が、侑子を見ていた。夢の中のユウキの目と同じはずなのに、絶望を見るようで、目を逸したくなった。
いつものように二体の半魚人が待つ部屋に入室した侑子に、開口一番そう告げたのはブンノウだった。
その言葉に、侑子の背は緊張にこわばる。
――ばれた?
あみぐるみを使いにした外部との連絡を、気付かれたのだろうか。
「こんなに早くに周りをかためられるとは、予想外でしたよ。あなたは日々散歩を日課にしているようだから、もうご存知でしょう。この廃墟の周りは、すっかり軍に囲まれている」
反応しないように歯を食いしばった。ブンノウの方は見ずに、眼の前の半魚人の鱗を見つめていた。
「あなたをここへ攫ってきた時点で、もう場所は分かってしまっていたでしょうけどね――メム人。聞いたことはあったが、こんなにも厄介な存在とは思いもしなかった。これも想定外でした」
侑子と半魚人のいる側へ、硝子壁を超えてブンノウがやってきた。直ぐ側に歩み寄った足音と気配が感じ取れて、侑子の心臓が壊れるほどに早鐘を打ち始める。
「今日はあなたに二点、新しい情報をお伝えしようと思います」
ブンノウの口調はいつもと変わらない。彼は椅子に腰掛けて、侑子にも座るよう促した。
「一つ目。王府が提案してきました。あなたとツムグを解放する代わりに、鍵と守役を差し出すと」
「え……」
咄嗟に大きな反応を示した侑子に、ブンノウは微かに笑った。
「私が来訪者の魔力を欲していることを、お分かりのようだ。来訪者を得るために鍵が欲しかったことも。ですが」
ハハ、と一声笑い声を間に挟んだ。
「この交渉は決裂です」
自らの後ろに控える、シグラに顔を向けてブンノウは頷いた。
再び侑子に向き直ると、彼は笑顔のまま口を開く。
「あなたには、もうシグラから説明があったでしょう? ツムグと引き合わせた日に。新たな来訪者の獲得のやり方を、私たちは神器を使わない手段に切り替えることに決めた。そっちの方がはるかに効率が良いから。倫理的には問題はあるみたいですけどね。私にはその辺は問題ではない。あなたとツムグの身体に負担ない方法は、既に準備できています」
「……おかしい」
「そうですか? 別にあなた方に行為をしろと強要はしませんよ。生殖細胞を分けてもらうだけです。痛みのない方法で。抵抗されたら身体に負担があるので、眠っている間に済ませますし。受精卵ができた後も、あなたの子宮を使うことはないので安心してください。なので同時に何人もの子供を作ることができる」
「やめてよ」
「採卵する時には、ちゃんと事前にお知らせします」
「絶対嫌だ」
「申し訳ありませんが、拒否されても遂行します。そのうちね。そんなわけで、この交渉には否と返事を出します」
怒りと恐怖で身体が戦慄いたが、不自然に力が入らない。椅子に座った姿勢のまま、侑子は動けなくなっていた。
そんな彼女の様子に、ブンノウはどこか満足気である。
「話を続けましょう。二つ目の話です」
半魚人の底なしの四つの瞳が、侑子を見ていた。夢の中のユウキの目と同じはずなのに、絶望を見るようで、目を逸したくなった。