恢復②

文字数 1,229文字

「知ってたよ」

「え?」

 予想外のユウキの言葉が聞こえて、侑子は思わず顔を上げた。

そこには此方を見つめる、優しい緑の瞳があった。

「キス、上手だったから。……すぐ分かったよ。ユーコちゃんはちゃんと、俺の代わりに好きになれる人がいたんだなって」

 自分がどんな顔をしているのか、侑子は自覚が持てなかった。
ただユウキはふふ、と笑って、首にかけていたタオルで、侑子の涙を拭き取った。

「ちゃんと好きだった? ノモトくんのこと」

「え……」

「尋問じゃないよ。……そうだな、質問を変えよう。彼に触られて、嫌だった?」

 ユウキから放たれた質問に、侑子の心臓は凍りついた。

しかし首は横に振った。本当のことだったからだ。嘘をつくべきではないと、分かっていた。

「良かった」

 本気で安堵したように息を吐き出したユウキに、侑子は戸惑いの視線を送るしかなかった。
しかしユウキは、そんな侑子を見ても、ふわりと微笑んだだけだ。

「投げやりでキスするような関係じゃなかったんでしょ……? 良かったよ。ユーコちゃんに、そんな酷な思いをさせてなくて」

 ユウキは侑子の肩を抱いて、自分の方へ引き寄せた。黒髪に顔を埋めて、額にキスを落とす。

「愛されて、愛してた。いいんだ。ノモトくんは、よく手紙に書いてくれていた男の子だね。いつもユーコちゃんの近くにいた人」

 唇は、額から目尻へ、頬へと移動しながら、丁寧に口づけを落としていった。

「側にいられなかった過去は、ユーコちゃんだけのもの。その過去の中で、君が愛を知って幸せだったなら、それでいいんだ」

 少しだけ顔を離して、二人は見つめ合える距離を保った。

ユウキの手が、侑子の頬を撫でた。

「……君が他の誰かの腕の中にいたとしても、それで安心できる時間があったのなら。それは俺が望んだことだ。裏切ったなんて、思わない。それに……」

「ユウキちゃん……?」

 言葉が途切れて、ユウキが目を逸した。侑子は途端に不安になったが、そんな思いを察したか、ユウキはすぐに再び笑顔を浮かべて彼女を見た。しかしその顔は、僅かに歪んでいた。

「俺も話しておかなきゃいけないな。ユーコちゃんは、打ち明けてくれたんだから」

「ユウキちゃんも?」

 合点がいった侑子は、胸が疼くのを感じた。

ユウキはそんな侑子を見て、首を振った。

「もっと酷いよ」

 言い終えたユウキは、侑子の身体を腕の中に閉じ込めた。強い力だ。

「聞いてくれる?」

 腕の中に包み込まれ、ユウキの顔は見えなかった。侑子はそのまま、頷いた。

「もちろん」

 身を捩ると、なんとか自分の両腕を自由にすることはできた。侑子はユウキの背中に腕を回すと、そこに力を込めた。

――何を聞いたって、大丈夫。

 確信があった。

「私はずっと、あなたと生きていきたいから」

 抱きすくめられる腕に、更に力が込められる。
頬ずりするように顔を胸に押し付けて、侑子は目を瞑った。

鼓動が聞こえる。

「一緒にいたい。だから何でも、受け入れられる」

「……」

 ユウキの吐息は、震えていた。
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