96.分かれ道

文字数 1,331文字

 侑子とユウキを呼びに部屋へやってきたのは、二つの球体ロボットだった。それぞれの足先に、軽く突くように打つかると、「こっちへこい」とランプを点滅させ、ドアの外へと促す。

「ついてこいってことかな」

「そうみたい」

 廊下へと転がって行った二つのロボットは、それぞれ反対方向へと進んでいく。少し行った場所から、侑子とユウキを光の点滅によって呼んでいる。

「行ってこようか」

 ユウキは笑っていた。まるで朝の玄関口での挨拶のように、僅かな陰りさえない顔で。

「ここで抵抗しても、良いことにはならない気がする。とりあえず従って、時が来たら行動しよう」

 彼に背を向けて彼とは別方向へと進むことに、侑子は躊躇していた。そんな侑子の胸の内は、とっくにユウキの知る所のようだった。

「時が来たら……それはどうやったら、その時だと分かるの?」

 思わず捕まえるように握ったユウキの手を、侑子は更に力を込めて握りしめた。

「分かるはずだよ。俺達は夢を見たんだから」

 優しい顔だった。

「予知夢から、今度は正夢に変えるんだよ。大丈夫、俺達にはできる」

「私、やり方があまり分かってない気がする」

「俺だって分かってないよ」

「ええっ?」

 驚愕する侑子の顔を見て、ユウキは笑い声を立てた。

「信じてよ。分からないけど、きっとこの状態でいいんだ。流れに身を任せる。正夢になるよ、あの夢はきっと。夢で感じた感情を思い出してみて。それが“やり方”なんだと思う」

「感情?」

「俺は昨夜の夢は、幸せで、楽しくて、ワクワクしたよ。最後に海中で歌った時なんて、これまでのどのステージよりも興奮した――あぁ、こんな風に変身館でも歌えたら、もっと気持ちいいだろうなって。ユーコちゃんは?」

「私も楽しかったよ。懐かしいって思った。もう何年も、見たくても見られなかった夢だったから。また遊園地でユウキちゃんと遊べるんだって思ったら嬉しくて、幸せで……あの人の歌声が聞こえた時だけ、怖かったけど。すぐに平気になった。ユウキちゃんの歌声で上書きされたみたいに、恐怖が安心に変わって、心地よくて少しウトウトしたかも。夢の中なのに」

 気づいたら侑子も笑顔になっていた。
思い返すと、心の奥から熱が生まれてくる。

「海の中で歌うと、音はあんな風に聞こえるのかな。柔らかくて、優しい音だった」

 目を閉じると、よりリアルに蘇ってくる。

「忘れないで」

 ユウキの声が、耳元ではっきりと聞こえた。

「その感情。前向きで明るい、良い感情だけを忘れないで。そうしたら大丈夫だから」

「ユウキちゃん」

「行ってくるよ」

「後で会えるよね」

「すぐだよ」

「行ってらっしゃい」

「ユーコちゃんも」

 最後に侑子の頭を軽く撫でると、ユウキは背を向けて廊下を歩いていった。
 侑子を急かすように、彼女の足元まで戻ってきた球体ロボットが、コロコロと侑子の周囲を円を描くように転がっている。

「お待たせ」

 ロボットに向かって、声を掛けてみる。侑子の言葉を聞き取ったのか、球体は動きを止めてランプを点滅させた。

「私は何処へ行けばいいの?」

 ロボットは再び廊下を転がり始める。
侑子はユウキの足音が聞こえなくなったその空間に、今度は自分の足音を響かせながら歩を進めた。その背筋は、まっすぐに伸びていた。

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