26.宮司の悩み

文字数 598文字

 オリトは悩んでいた。

 早起きの習慣は、子供の頃からだ。
先代の宮司を務めた父が亡くなって、まだ日は浅い。
しかし彼は日々の仕事については、随分前から把握していたし、既にその務めに身体も慣れていた。

そもそも、仕事といえるほどの業務量が、この小さな神社にはないのだ。
普通これほどの規模であれば、近隣いくつかの社をまとめて管理するものだ。

そうしてこなかった理由が、この神社には()()()()()

 朝起きて境内をくまなく掃き清め、本殿と拝殿を整える。一人きりの朝拝を済ませると、定められた年間祭事と地域からの依頼がなければ、そこでしばらく時間を持て余すこととなる。

今日はそんな日だった。

 時間がある時ほど、うだうだと憂慮してしまう。

オリトは先程整えたばかりの榊の葉に、再び指を添えていた。

青々とした葉から視線を僅かに上にずらすと、そこには丸い鏡があり、物憂げな表情を浮かべた自分が、此方を見つめている。

歳を重ねる程父親の面影に近づくその顔には、父のものと同じ色の瞳が二つならんでそこにある。しかし輝きはなく、まるで魂が抜け落ちたようだった。

――空っぽ。空っぽだ。この小さな社と、おんなじだ

 心の中で自嘲すると自然とため息が漏れる。

 そう、この神社は確かに神社の形は残っているが、最も重要なものが、長らく不在だった。

オリトはその形すら知らない。
見たことがなかったのだ。
彼が代替わりした時には、既になかったのだから。
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