1.夢の中

文字数 1,218文字

 くるくると回転するコーヒーカップ。

小さな円盤状のハンドルを回す度に、侑子とその人を乗せたカップの回転は、早くなる。

 すっかり日が落ちて暗くなった空は、金色の外灯や店々のネオンが織り成す七色の灯りを、くっきりと描き出していた。

回転が早くなるにつれて、そんな万彩の灯りたちは尾を伸ばしたように侑子の目に映る。

『こんな風に光が移動した跡を写す写真の撮影方法を、バルブ撮影と呼ぶんだよ』

 図書館で借りてきた天体図鑑を広げながら解説する兄の声が、耳の内に甦る。
その図鑑には、無数の星々の光の跡を撮影した写真が沢山載っていて、貸し出し期間の間、侑子は何度も何度も眺めたものだ。

すっかり頭に焼き付いた、美しい星空写真の数々が、今目の前で映像になって動いているかのような錯覚に陥る。

 しかし、それは一瞬のことだ。

目の前に座る人物に焦点を合わせれば、瞬時に侑子は理解する。

 これが夢の中であると。

――またあの夢を見てるんだ

 目の前の人物。

 正確には人ではないのかもしれない。

 青や紫のガラスのような鱗に覆われたその人の身体は、回転する灯りに照らされて、キラキラと瞬いている。

――やっぱり、何度見てもきれい

 目尻の上がった目は大きく、無限に続く澄み切った湖の底のよう。

 どこを見ているのかは分からない。
顔はこちらを向いているのだから、多分侑子を見ているのだとは思うのだが。

 僅かに開いている口許から、びっしりと並んだ鋭い歯が覗いている。

 魚の顔だ。

 見慣れてしまった侑子はなんとも感じないが、きっと初めて目の当たりにしたら、誰もが悲鳴を上げると思う。
 
目の前の人物は、半魚人なのだ。

足もある。
装飾が鱗そっくりなので、境目が曖昧だが、多分靴もはいている。
二本足で歩くその歩幅は広く、足が長いのだとわかる。

 腕もある。
人間と同じ五本指もある。ただし、第一関節付近まで。水掻きもついている。

 その水掻きがとても薄く、光に翳すと向こう側がうっすらと透けて見えることを、侑子は知っている。
今よりうんと小さな頃、そんな水掻き越しで見る光が面白くて、しばらく夢中で遊ばせてもらったことがあったのだ。

 そう、十三歳の今よりずっと前――もう何歳のころだったのかも思い出せないほど幼い頃から、侑子は何度も夢の中で繰り返しこの半魚人と会っていた。


 回転が早くなった。


 侑子と半魚人が乗るコーヒーカップは、遊園地の定番のアトラクションの一つである。
二人はいつも、一番最後にこの遊具に乗る。

――もうすぐ目が覚めるんだ。もう終わり

 これが夢だと強く認識すると、ふわりと脳が浮遊するような感覚が生まれる。

それから、じんわりと全身が汗ばんで周囲の湿気を感じとる。

寝ている間に、クーラーのタイマーが切れたのだ。

身体にまとわりつくタオルケットの感触が分かり、目の前の青い魚の輪郭はぐにゃりと歪む。

「じゃあね。また今度」

 最後の言葉は、目覚める寸前の寝言となって放たれる。


 侑子は瞼を上げた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み