35.惚気
文字数 1,337文字
「昨夜は結局、寝袋は使わなかったな」
洗面所で鉢合わせたアミから、ユウキは予想通りに揶揄された。
「どこでどう夜を過ごしたのかなんて、わざわざ聞かないでおいてやるよ」
言い終えるまで我慢が続かず、アミは声を上げて笑い始めた。流石にユウキは肘で小突いたが、表情には余裕が見られる。
「ユウキは、からかい甲斐のない奴だね」
「よく言われる」
「嬉しそうだ。顔が緩みきってる」
「当たり前だろう」
「まるで別人だよ。客の反応が楽しみだ」
愉快そうにアミは笑って、洗顔後のユウキにタオルを手渡してやった。
「お前のステージ、待ってた人が大勢いるそうだよ」
侑子を探しに王都を離れてから、一ヶ月近く経っていた。その間もちろん変身館でのユウキの出演はなかったわけで、どうしたのだろうと心配する声は、少なくなかった。
「長期休暇もらった分、しっかり働かないとな。ちゃんと楽しませるよ」
「ユウキちゃん、アミさん」
洗面所に入ってきたのは、侑子だった。二人の姿を見つけて朝の挨拶をした彼女は、既に着替えを済ませていた。
「ユーコちゃんのそういう格好、久しぶりに見たね」
頷くアミの反応に、侑子は嬉しそうに笑った。
「私も着物なんて久々に着ました。向こうの世界じゃ、晴れ着としてたまにしか着ないから。ノマさんに手伝ってもらって、何とか着られたけど」
侑子が身につけていたのは、白地に鮮やかなコバルトブルーの格子模様の着物だった。普段着向けの木綿生地に合わせた紫の帯色は、ちょうどアミの髪色と近かった。
「やっぱり日常的に手を動かしてないと、着付けって忘れちゃうね。……ユウキちゃん?」
神妙な顔つきをしたユウキは、帯を指先で撫でた。
「ためらいなく使えるほど魔力の回復が早かったら、今すぐにこの色を変えるのに」
「え?」
「とても綺麗だよ。けど、この色はアミの色だ」
「お前なあ」
呆れ顔を浮かべつつ、アミはひとしきり大笑いした。
「重症だ。ユーコちゃん、君も大変だな」
「あ……。えーと、色、変えたほうがいいかな? ノマさんから別の帯借りてこようか。この色で合わせたら、ユウキちゃんの鱗の衣装と、似た色合いにできそうと思って、選んだんだけど」
ユウキの意図を理解した侑子は、もごもごと釈明した。
ノマからの提案で、彼女と二人で色選びをしたのだった。
「そうか……。そうだね、確かに」
侑子の説明に、一瞬目を瞠ったユウキは、納得したように頷いた。
しかし顎に手を置いてしばらく沈黙した後、おもむろに侑子の耳に手を伸ばす。
耳朶を撫でられて、侑子の肩がピクリと跳ねた。
「じゃあ別の小物に、俺の色を使ってよ。……ピアス穴開いてるよね。昔作ったピアスで、丁度俺の目の色と同じ石を使ったのがあるんだ。ああ、それから、帯留めにブローチを使うのもいいな。曹灰長石 とかどうだろう? グレーがかってるから、俺の髪色だよ」
「はいはい。ごちそうさま」
後はお二人でどうぞ。と告げて、アミが立ち去った。
後には赤面した侑子と、涼しい顔でいつの間にか彼女の頬に触れる、ユウキが残された。
「衣装に使ってた装飾品、変身館に置きっぱなしなんだ。後でつけてあげるね」
「うん……ありがと」
最後の一音が口から出なかったのは、屈み込んだユウキが、唇の動きを封じたからだった。
洗面所で鉢合わせたアミから、ユウキは予想通りに揶揄された。
「どこでどう夜を過ごしたのかなんて、わざわざ聞かないでおいてやるよ」
言い終えるまで我慢が続かず、アミは声を上げて笑い始めた。流石にユウキは肘で小突いたが、表情には余裕が見られる。
「ユウキは、からかい甲斐のない奴だね」
「よく言われる」
「嬉しそうだ。顔が緩みきってる」
「当たり前だろう」
「まるで別人だよ。客の反応が楽しみだ」
愉快そうにアミは笑って、洗顔後のユウキにタオルを手渡してやった。
「お前のステージ、待ってた人が大勢いるそうだよ」
侑子を探しに王都を離れてから、一ヶ月近く経っていた。その間もちろん変身館でのユウキの出演はなかったわけで、どうしたのだろうと心配する声は、少なくなかった。
「長期休暇もらった分、しっかり働かないとな。ちゃんと楽しませるよ」
「ユウキちゃん、アミさん」
洗面所に入ってきたのは、侑子だった。二人の姿を見つけて朝の挨拶をした彼女は、既に着替えを済ませていた。
「ユーコちゃんのそういう格好、久しぶりに見たね」
頷くアミの反応に、侑子は嬉しそうに笑った。
「私も着物なんて久々に着ました。向こうの世界じゃ、晴れ着としてたまにしか着ないから。ノマさんに手伝ってもらって、何とか着られたけど」
侑子が身につけていたのは、白地に鮮やかなコバルトブルーの格子模様の着物だった。普段着向けの木綿生地に合わせた紫の帯色は、ちょうどアミの髪色と近かった。
「やっぱり日常的に手を動かしてないと、着付けって忘れちゃうね。……ユウキちゃん?」
神妙な顔つきをしたユウキは、帯を指先で撫でた。
「ためらいなく使えるほど魔力の回復が早かったら、今すぐにこの色を変えるのに」
「え?」
「とても綺麗だよ。けど、この色はアミの色だ」
「お前なあ」
呆れ顔を浮かべつつ、アミはひとしきり大笑いした。
「重症だ。ユーコちゃん、君も大変だな」
「あ……。えーと、色、変えたほうがいいかな? ノマさんから別の帯借りてこようか。この色で合わせたら、ユウキちゃんの鱗の衣装と、似た色合いにできそうと思って、選んだんだけど」
ユウキの意図を理解した侑子は、もごもごと釈明した。
ノマからの提案で、彼女と二人で色選びをしたのだった。
「そうか……。そうだね、確かに」
侑子の説明に、一瞬目を瞠ったユウキは、納得したように頷いた。
しかし顎に手を置いてしばらく沈黙した後、おもむろに侑子の耳に手を伸ばす。
耳朶を撫でられて、侑子の肩がピクリと跳ねた。
「じゃあ別の小物に、俺の色を使ってよ。……ピアス穴開いてるよね。昔作ったピアスで、丁度俺の目の色と同じ石を使ったのがあるんだ。ああ、それから、帯留めにブローチを使うのもいいな。
「はいはい。ごちそうさま」
後はお二人でどうぞ。と告げて、アミが立ち去った。
後には赤面した侑子と、涼しい顔でいつの間にか彼女の頬に触れる、ユウキが残された。
「衣装に使ってた装飾品、変身館に置きっぱなしなんだ。後でつけてあげるね」
「うん……ありがと」
最後の一音が口から出なかったのは、屈み込んだユウキが、唇の動きを封じたからだった。