14.貢献

文字数 1,401文字

 子供の記憶力とは、素晴らしいものである。

二回、三回と共に歌っただけで、彼らは歌詞をあらかた覚えてしまっていた。

侑子の声に重なったメムの子供たちの歌声が、山間の小さな集落の中を駆け巡った。

「まだ日も高いってのに、すっかり出来上がってるな」

 さながら宴会のような賑やかさだった。

テントから出てきたヤヒコは、切り株の上に立って子供たちの輪の中心で歌う、侑子を見つけた。
リズムを刻む身体は楽しげに揺れ、両手は舞うように大きく動いていた。

「いい声を持っているな、ユウコさんは」

 感心したように腕を組んで、ランが頷いている。長老は、侑子を囲んで顔いっぱいの笑顔の子供たちに、視線を移していった。
四人の子供たちの頬は上気して、瞳は火花が飛んだように輝いている。

「……鍵と扉は、此方へ渡る来訪者を選別すると聞いたが。どうやらそれは、真実のようだね」

 ヤチヨが見上げてきたので、ランは歌う侑子の方を手で示しながら、美しいメムの女に笑いかけた。

「ご覧よ――――こちらの世界にやってきてから、ものの数日で民の笑顔を引き出している。……彼女はもう既に貢献している。副産物を、生み出している」
「分かってはいたけど、やっぱり副産物って目に見えないものなんだな」

 ヤヒコの言葉には、長は曖昧な反応を返す。

「さあ。見えるとする伝承も、あるにはあるけれど。真実かどうかは分からないさ。それよりも今自分の目で見えていることを、直感で感じること。そちらの方がよっぽど信用できると思うけどね」

 大きな笑い声が巻き起こった。
侑子と子供たちが手を繋いでいる。
五人は小さな輪を作り、口から奏でる旋律に乗せ、ぐるぐると旋回していた。

子供たちが贈ったのだろうか。
侑子の頭を飾った野菊の花かんむりが、大きく揺れて白い花弁を散らした。




***




 ヤチヨの案内通り、そこには温泉が湧いていた。
侑子の自宅の浴槽二つ分ほどの広さで、深さはしっかりあるらしい。

(滑るから気をつけて)

 タブレットは完全防水だ。

薄い綿生地の衣を纏った姿で、二人は湯船に浸かっていた。
水着代わりかと侑子は思ったが、どうやら滑り止めの目的で着ているらしい。なるほど湯にはぬめり気があって、腰を降ろす岩はツルツルしていた。

 泉の周囲は、その境目が分かるように岩で囲われている。ヤチヨによるとその岩は、メムの先人たちが整えたものらしい。

 メム人が『メムの里』と呼ぶ彼らの拠点は、全国各地の山中に、いくつも点在している。
 それぞれの里にメム人たちが定住する期間は、長くても一年。季節が一巡する間だけだ。

彼らは移動の度に拠点に足跡を残さないように去るが、里の付近にはこのような温泉や、食料を手に入れ易いスポットがあるらしい。そういった場所には後々も使いやすくするため、手を加えるのだという。

「わぁー。気持ちいいー」

 肩まで湯の中に沈めると、腰のあたり、程よい高さに岩が触れた。背もたれにして、侑子は空を仰ぎ見た。

 まだ日は高い。
夕方まで数時間あるだろう。

 子供たちと歌い踊るのに夢中になっていた侑子を中断させたのは、キノルだった。

『足がもつれてるわよ。休みなさい』

 近くに良い湯治場があるから、と着替えを手渡された侑子は、ヤチヨに誘われてこの場所まで来たのだった。

テント郡からそう離れていない。木々に隠されており、泉そのものの大きさがないので目立たないが、侑子でも道順を覚えられるほどの距離だった。
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