十二月④
文字数 1,632文字
しかし侑子の予想に反して、その客は首を振った。
「僕は変身館に新しく雇われた、ギタリストですよ。歳納も、此方でお世話になるんですけどね。ジロウさんから、まずこっちに来るようにって、連絡をもらったんです」
男が背中に背負っているのは、ギターケースだ。侑子は頷いた。
外門を通れたのも、ジロウと約束をした客だったからだろう。
「ジロウさん、今変身館なんです。今日は夕方には帰ってきますよ。荷物、部屋に運んでおきましょうか」
来客への対応にも、すっかり慣れている。
透証を操作して、ジロウから予め送ってもらっていた、年末年始の来客名簿と部屋番号をまとめた一覧表を呼び出した。3D映像となって映し出される画面を確認して、侑子は男に訊ねる。
「お名前聞いていいですか?」
「アミ・レゼーマといいます。ありがとう。それじゃあ、ジロウさんが帰ってくるまで、休ませてもらおうかな」
スリッパに足を通したアミは、荷物の運搬は自分で行うと断ってから、案内する侑子の後に続いた。
部屋にたどり着くまでの間に、侑子はアミが地方から王都へ上京したばかりであること、下宿先が決まるまで、この屋敷に住むことなどを知った。
「あなたはもしかして、ユーコちゃん?」
部屋の前で立ち止まったアミからの質問に、侑子は頷いた。彼はにっこりと微笑む。
「ジロウさんから少し話を聞いていて、会うのを楽しみにしていたんだ。実は俺、ユウキと一緒にステージに立つことが、多くなるんだよ。彼の専属ギタリストってところかな。だから君とご一緒することも、あるだろうね」
「そうなんですか」
侑子は目を丸くした。
そういえばジロウが、ユウキが変身館の専属になるなら、演奏メンバーも固定した方がいいだろうと、話していた気がする。そのために採用されたのが、アミなのだろう。
「よろしくおねがいします。あ、でも私はお手伝いというか、たまにユウキちゃんやジロウさんの気まぐれで、歌わせてもらうだけだから……」
「録音した音源を聴いたよ。とても良い歌声だった。ぜひ一緒に演奏させてほしいな」
よろしく、と差し出された手に、侑子は応えた。力強い握手をして、アミは笑顔で頷く。
そしてふと、彼の視線が、侑子の左手に注がれた。
「綺麗な飾りだね。青い鱗だ」
侑子はブレスレットの紐端についた、硝子の鱗を手に取った。
「ああ、これ。ユウキちゃんがつけてくれたんです。元々衣装に使っていたもので、私が気に入ったから、分けてくれたんですよ」
「へえ。そうなんだ。美しいね。ちょっと見せてもらっても、いいかな」
「どうぞ」
アミの指が、鱗がついたブレスレットの紐先に触れた。ほんの数秒間だろうか。
彼のラベンダー色の瞳が、真剣な眼差しでそこに注がれる。侑子は何ともなしに、眺めていた。
「――ありがとう。繊細だね。硝子でできているように見えるのに、触っても全く脆さを感じない。不思議な鱗だ。ユウキの歌声に、通じるものがあるな」
「そうなんです」
鱗について、こんな風に言及してくる人物と出会ったのは初めてだった。嬉しくなった侑子は、一段高くなった声で応えた。
一気に親近感を感じて、もう少しユウキの歌声や音楽について話をしたくなったが、視界に入った大きなスーツケースが、自制心を呼び戻した。
「私、玄関横の部屋にいるので、何か用事があれば呼んでください」
聞けば央里までの移動は、汽車だったという。長時間移動だったと言っていたので、きっと疲れているだろう。
屋敷内の見取り図と自分の連絡先をアミの透証に送信すると、侑子はサンルームへと引き返していった。
「ありがとう、ユーコちゃん」
背中から、アミの声が追いかけてくる。
侑子の知るところではなかったが、廊下の角を曲がった彼女の姿が見えなくなってからも、アミは侑子の消えた方を見据えたまま、部屋には入らず佇んでいた。
「僕は変身館に新しく雇われた、ギタリストですよ。歳納も、此方でお世話になるんですけどね。ジロウさんから、まずこっちに来るようにって、連絡をもらったんです」
男が背中に背負っているのは、ギターケースだ。侑子は頷いた。
外門を通れたのも、ジロウと約束をした客だったからだろう。
「ジロウさん、今変身館なんです。今日は夕方には帰ってきますよ。荷物、部屋に運んでおきましょうか」
来客への対応にも、すっかり慣れている。
透証を操作して、ジロウから予め送ってもらっていた、年末年始の来客名簿と部屋番号をまとめた一覧表を呼び出した。3D映像となって映し出される画面を確認して、侑子は男に訊ねる。
「お名前聞いていいですか?」
「アミ・レゼーマといいます。ありがとう。それじゃあ、ジロウさんが帰ってくるまで、休ませてもらおうかな」
スリッパに足を通したアミは、荷物の運搬は自分で行うと断ってから、案内する侑子の後に続いた。
部屋にたどり着くまでの間に、侑子はアミが地方から王都へ上京したばかりであること、下宿先が決まるまで、この屋敷に住むことなどを知った。
「あなたはもしかして、ユーコちゃん?」
部屋の前で立ち止まったアミからの質問に、侑子は頷いた。彼はにっこりと微笑む。
「ジロウさんから少し話を聞いていて、会うのを楽しみにしていたんだ。実は俺、ユウキと一緒にステージに立つことが、多くなるんだよ。彼の専属ギタリストってところかな。だから君とご一緒することも、あるだろうね」
「そうなんですか」
侑子は目を丸くした。
そういえばジロウが、ユウキが変身館の専属になるなら、演奏メンバーも固定した方がいいだろうと、話していた気がする。そのために採用されたのが、アミなのだろう。
「よろしくおねがいします。あ、でも私はお手伝いというか、たまにユウキちゃんやジロウさんの気まぐれで、歌わせてもらうだけだから……」
「録音した音源を聴いたよ。とても良い歌声だった。ぜひ一緒に演奏させてほしいな」
よろしく、と差し出された手に、侑子は応えた。力強い握手をして、アミは笑顔で頷く。
そしてふと、彼の視線が、侑子の左手に注がれた。
「綺麗な飾りだね。青い鱗だ」
侑子はブレスレットの紐端についた、硝子の鱗を手に取った。
「ああ、これ。ユウキちゃんがつけてくれたんです。元々衣装に使っていたもので、私が気に入ったから、分けてくれたんですよ」
「へえ。そうなんだ。美しいね。ちょっと見せてもらっても、いいかな」
「どうぞ」
アミの指が、鱗がついたブレスレットの紐先に触れた。ほんの数秒間だろうか。
彼のラベンダー色の瞳が、真剣な眼差しでそこに注がれる。侑子は何ともなしに、眺めていた。
「――ありがとう。繊細だね。硝子でできているように見えるのに、触っても全く脆さを感じない。不思議な鱗だ。ユウキの歌声に、通じるものがあるな」
「そうなんです」
鱗について、こんな風に言及してくる人物と出会ったのは初めてだった。嬉しくなった侑子は、一段高くなった声で応えた。
一気に親近感を感じて、もう少しユウキの歌声や音楽について話をしたくなったが、視界に入った大きなスーツケースが、自制心を呼び戻した。
「私、玄関横の部屋にいるので、何か用事があれば呼んでください」
聞けば央里までの移動は、汽車だったという。長時間移動だったと言っていたので、きっと疲れているだろう。
屋敷内の見取り図と自分の連絡先をアミの透証に送信すると、侑子はサンルームへと引き返していった。
「ありがとう、ユーコちゃん」
背中から、アミの声が追いかけてくる。
侑子の知るところではなかったが、廊下の角を曲がった彼女の姿が見えなくなってからも、アミは侑子の消えた方を見据えたまま、部屋には入らず佇んでいた。