75.密書

文字数 1,058文字

 クマベエと侑子達の待ち合わせ場所は、コーヒーカップの中だった。

日に一度、カップの足元で待機しているクマベエからメッセージシートを受取り、その場で返事を書く。

監視カメラの存在や会話の録音がされているのかは不明だったので、出来るだけ無言で、書いている様子が分からないように気を使った。
 
それでも一日も欠かすこと無く、廃墟の中と外の密書のやり取りは継続された。

 侑子と紡久の現状と一日の過ごし方、ミウネとその仲間たちについて、研究施設の構造と内部の部屋の配置、廃墟の地図、そして兵器について。

 侑子と紡久は、出来るだけ詳細に伝えるよう努めた。
そして二人は、ヤヒコ達に少しでも多くの情報を提供するために、注意深く観察しながら生活を送った。
毎日少しだけ交わすブンノウやシグラ、ザゼルとの会話の中で、有益な情報を引き出すために工夫を凝らす。

 二人は順調だと考えていた。

毎晩ベッドに横たわった後、目の見えない暗闇の中で、

「大丈夫」

 と短い言葉を掛け、励まし合う。

――きっともうすぐ助けが来る

 侑子はクマベエの背中を彩る、硝子の鱗を思った。
明日もあの鱗を撫でながら、「今日もよろしくね」と送り出すのだ。

――兵器は未完成のまま

 ブンノウの計画は頓挫し、彼らは捕縛されるだろう。

――大丈夫。きっと上手くいく

 侑子と紡久がいくら廃墟と施設の中を歩き回っても、ブンノウの仲間らしき人物と出くわすことはなかった。
彼の仲間は、シグラとザゼル、そしてもう一人、滅多に姿を見ることはなかったが、ダチュラと呼ばれる男しか把握できていない。

 おそらくブンノウの仲間は、かなりの少人数のはずだ。
 メム人や国軍まで動いたとなれば、あっと言う間に決着はつくだろう。

 それなのになぜ。

――そわそわする……

 恐怖と不安が際限なく湧き出してくるのは、時間経過の割に動きが少ないからだろうか。

不可解な程に顔色を変えないブンノウと、毎日対峙しているからだろうか。

 かつて日本に落とされた爆弾と同じ名前の兵器の目が、自分を慕っているように見えてきていたからだろうか。

――大丈夫、きっともうすぐ……もうすぐ終わる

 目を瞑って、クマベエの鱗を思い描いた。そこから大好きな恋人の姿を繋いで、彼の歌声を思い出す。
心の落ち着きを感じて、侑子は身体から力を抜いていった。

しかし

 すぐに侑子の連想は再開し、ユウキのステージ衣装から伸びていったイメージは、あの二体の半魚人へと繋がっていくのだった。

 抗おうと身を捩るが、睡魔か恐怖か区別の着かない闇の中へと、侑子の思考は沈んでいった。
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