開かれたもの②

文字数 658文字

 マヒトは鏡越しに父の表情が僅かに揺らぐ瞬間を見逃さなかった。

「どうかされましたか」

 その小さな空間には、父と自分の二人しかいなかった。その場所に入ることを許される者は少ない。

「扉が開かれた」

 父の声は寸分も乱れることなく響いたが、その言葉の意味することがとんでもない事態であることをマヒトは知っている。

「なんですって」

「お前には見えなかったか」

 思わず反り返るように大きくなった息子の声音と対象的に、父親の声はどこまでも平静だった。

「扉が開かれたとき。来訪者が通ったとき。鏡には逐一変化が出る」

 その説明は既に何度も聞いたことがあったものだった。

 マヒトは改めて目の前の真円の鏡に視線を戻してみたが、そこには自分を見る父の横顔と動揺を隠せない真っ青な自分の顔が映るのみだった。

「わかりません――私には何も。何も見えません」

「無理もないか。まだお前は王ではないのだから」

 父の声は相変わらず波立たない。先程の明らかな表情の変化も、今はすっかり治まっている。

マヒトは僅かに溜息をついた。

「私にはやはり、資格はないのでは」

「資格のあるなしではない。ないのは“カギ”だ」

 畳み掛けるように言い放つ声にマヒトは再び鏡を見た。今は自分のことを思い悩む時ではないと思い直す。

「使われたのですか」

「そのようだ」

「場所は」

「すぐに向かわせる」

 親子の会話は短かった。

 しかしマヒトには父の考えていることの大体は読み取れる。そして今自分がすべきことも。

 彼は短く父に頭を下げると、その小さな部屋から滑り出すようにしてその場を後にした。

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