暗い歴史④

文字数 1,984文字

「父が撮影した研究施設は、当時空彩党の所有するものだった。二十数年前から空彩党は、並行世界からやってきた人々を各地から集め、この施設で研究への協力を依頼していたらしい」

「研究? 兵器の研究ですか」

 先程の軍備拡大の話と結びつけるのなら、そうなるだろう。

「父が視察で見た限りでは、兵器や軍に関連する研究現場は、なかったそうだ。ちなみに当時の父は政治活動は行っていなかったから、空彩党から警戒されるような身分でもなかったんだが……表向きには、兵器を連想させるような現場を、見せていなかっただけなのかもしれない」

 エイマンは否定も肯定もせずに、説明を続けた。

「父が目にした研究は、研究というよりは、何かを作ろうとしているように見えたらしい。無属性の魔石をただ量産しているだけの現場もあったらしいし、魔石を作るのと同じ手順で、魔力を体外へ放出させていたり……いずれもかなり、魔力を消耗させる作業だったようだ」

「透明な魔力。無属性の魔力が、研究に必要だったのでしょうか。材料になるとか?」

 侑子は自分の手を見つめる。

今はブレスレットを身につけているので、きらめく無色の気配は、見えなかった。

「そう考えざるを得ないな。しかし具体的に無属性の魔力を、どう利用していたのかは分らない。父が見ることを許されていたのは、研究のかなり初期段階だったようだからね」

 侑子の背に添えていた腕を引っ込めたエイマンは、冊子のある頁を、彼女の前に広げた。

写真に写る男女二人が、ストローをさした瓶を手に、こちらに笑いかけている。
二人共左胸に、金のバッジがついていた。

「彼らが飲んでいる、この飲み物。これは消耗した魔力を、即時補充できるものらしい」
 
 ラムネ瓶程度の大きさの、茶色の瓶。不透明なその瓶の中身の色は、確認できなかった。写真の人物二人は、飲んでいる途中なのだろうか。

「そんな便利なものがあるんですか。消費した分の魔力は、時間経過で回復するって聞きました。待つしかないって。即時補充ってことは、飲めばすぐに消耗分を回復できるってことでしょう?」

「そうなんだ。私もこの話を父から聞いた時は、驚いたよ。そんなものが二十年前にあったのなら、あっという間に普及しただろう。だけどそんな品があるなんて話は聞いたことがなかったし、今もそんな物は流通していない。父は視察当時、この飲料は無属性魔力だけに特化して開発されたものだと、聞かされたそうだ。つまり、君と同じ並行世界からやってきた人間にだけ、有効なものだったと」

 冊子のページを更に捲り、エイマンが手を止めたページに、別の写真が貼り付けてあった。
その下に鉛筆で書かれた文字は、侑子にはよく読めなかった。

写真はエイマン父と親しかったという男性と、桜色の長い髪の女性の、ツーショットだった。
彼女も金のバッジをつけているので、並行世界出身であることが分かる。二人は仲睦まじそうに寄り添いながら、笑顔で写真におさまっていた。

「二人は夫婦だった。だけど奥さんの方は、この写真を撮影した数日後に、亡くなっている」

 金のバッジをつけた人々は、既に全員亡くなっていると聞いてはいたが、侑子は重ねてショックを受けて、「なんで」と口にせずにはいられなかった。

「数日後? 施設で事故でもあったんですか? あ、もしかしてそれで沢山の人が被害に?」
 
 侑子の脳裏に、リリーから聞いた、エイマン父の知り合いはいつも爆発ばかりさせていたらしいという話が蘇った。

「いや……彼女は事故ではない。突然死だったそうだ。突然前触れもなく倒れて意識を失って、そのまま」

「……」

「さっきの写真に写っていた、飲み物があっただろう。無属性魔力を即時回復させる物……あれは身体に有害な薬品だったのではないかと、父は考えてる。父は視察に訪れた後、個人的に彼らと交流を続けていたんだ。特に親しくなった彼とは、週に何度も共に食事をするほど仲良くなってね……だから頻繁に顔を合わせていて、疑問を抱くようになっていった。日常的に彼らが摂取していた、あの栄養剤――そういう風に呼ばれていたんだ――は、本当に無毒なのか? と。確かに魔力は、あの栄養剤を飲んだ瞬間に回復する。一本全て飲みきれば、枯渇した成人の魔力を、ほぼ全て回復させるほどの効力があった。だけど、代わりに表情から覇気がなくなるように感じたと、父は言っていた。痩せていくとか、目に見てすぐに気づく異変ではないのだけれど」

 続きを語ったエイマンの言葉を反芻して、侑子は頭がぼうっとしてくるのだった。

 桜色の髪の女性が突然死した後、まるで後を追いかけるかのように、彼女の夫も亡くなったのだ。

彼は栄養剤を飲み干した直後に倒れ、妻同様すぐに意識を失い、心臓が止まったのだという。

そのことからエイマンの父は、二人の死が栄養剤が原因なのではと疑うようになったのだ。
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