脱皮⑥

文字数 735文字

――ユーコちゃん、気持ちよさそうに歌ってる

 隣から聞こえてくる歌声に、緊張の色は混ざっていない。

ユウキは歌に集中する片隅で、侑子に改めて感心していた。

少し前まで、あんなに人前で歌うこと、それどころか歌うことすら躊躇っていた少女は、もうどこにもいない。

謝恩会のステージの上ですら、初めての大勢の前での歌だというのに、第一声から少しも声が震えていなかったのだ。

 内気そうだと思っていたが、そんな風に見えるのは彼女のほんの外側の、薄い表皮の部分だけなのかもしれない。

 当たり前だが、ユウキの曲は、自分の個性的な声の出し方に合うように作ったものだった。
低音から突然高音へ上がったかと思うと、そのすぐ直後に再び低い音が連続したり、その逆を繰り返したりする。

 侑子が初めて彼の歌を聞いた時、『目を瞑って聞いたら、複数の人が代わる代わる歌っているように思うだろう』という感想を持ったのだが、それは侑子以外でも同様に受け取る印象だった。

変身館でのユウキの歌の評判は上々だが、『まるで腹話術師が歌っているようだ』と不気味がる人もいた。
その表現もあながち間違ってはいないだろう。それはユウキが“才”を使わずに歌おうとする過程で、自然と得た歌い方なのだ。地声だけで他人の声に聞こえてしまうほどの声の幅を、生み出せるようになっていたのだ。

 そんな彼の作った曲は、侑子が一緒に歌うには都合が良かった。
高音がまとまったフレーズを侑子が歌い、低音のまとまりをユウキが歌う。高低差が激しく入り乱れる部分は、二人で声をあわせる。

ちょっと聞くと、男女二人の混声曲のように聞こえる。しかしユウキだけが歌うパートに切り替わると、彼の個性的な歌声が効果的に光るのだ。

 聴衆は一気に、ユウキの歌声に意識を引かれる。
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