地獄の旅は道づれに 1
文字数 2,369文字
「お前の魂で災厄の魔人を殺すことできるんだ。光栄に思えよ?」
トレイは目の前の勇者が何を言っているのか分からなかった。いや、分かりたくなかった。
腹に突き刺さった剣からは光が漏れる。今まで経験したことのない痛みが襲った。
薄れゆく意識の中で何かを考えようとしたが、何も考えられない。
何もかもが分からない中でトレイは死んだ。
「おい」
トレイは何か声が聞こえて目を覚ます。
「おい、お前」
酷い眠気だった。眠気と言うより気を失うような、意識を持っていかれる感覚をトレイは味わっている。
ここで意識が途切れれば、二度と目を覚ます事が出来ない気がして、無理に意識を保つが、目の前は真っ暗だ。
「返事をしろ…… と言っても、実体がなければ無理か」
何を言っているんだ、ここはどこだ、アンタは誰だとトレイは言葉を出したいが、声が出ない。
「私の生命を分ける。感謝するんだな」
えらく上から目線で、おそらくは少女が言った。その瞬間、一気に視界が開ける。
「おはよう、10年間眠った気持ちはどうだい?」
10年間とは何か。いや、それよりもここはどこだ。そして、目の前で話す美しい少女は何者か。
「私は魔人ドソクの娘。率直に言おう。私と勇者を」
そこまで言って彼女は息を吸い直す。
「殺さないか?」
勇者を殺す。魔人の娘。
トレイは突然の連続で思考が追いついていなかった。地面にへたり込んだまま、片手で頭を抑える。
「返事が遅い、そんなんだから勇者に殺されたんだよ」
勇者に殺された……。
トレイは思い出したくない記憶が鮮明に蘇ってくるのを感じる。
「お前の魂で災厄の魔人を殺すことできるんだ。光栄に思えよ?」
思い出してしまった、勇者の言葉を、自分が人生最後に聞いた言葉を。
目眩と吐き気がした。信じていた勇者に自分はあっけなく殺されたのだ。自身の茶色い短髪を思わず両手で握りしめる。
「思い出したか?」
その声の主を今一度じっくりと見る。褐色の肌に凛とした佇まい。長い黒髪の美しい少女はニヤリと笑っていた。
「アンタは魔人ドソクを倒すための生贄にされたんだ」
「いけ…… にえ……?」
少女は「そうだ」と言って話を続ける。
「アンタの魂は、そこに転がっている魔剣『ムゲンジゴク』に封じ込められた。それで魔人ドソクを殺すための武器が完成したってところかな」
「どういうことだ?」
はぁーっと少女はため息をついて呆れた。
「ここまで言っても分からないのか、アンタの魂は魔人を倒すために、勇者によって利用されたんだよ」
トレイも馬鹿ではない。半分聞いた辺りで何となく話の筋は掴めていた。だが、どうしても事実を認めたくなかったのだ。
「アンタも私も、残された時間はそう長くない。勇者に復讐をするのか、しないのか? 早く決めてくれ」
「俺は……」
「復讐は…… しない」
そうトレイが言うと、当然だが、少女は失望の眼差しを向ける。
「あんた、悔しくないのか?」
「お前、魔人の娘だと言ったな?」
トレイは話を遮って言った。
「魔人はこの世を、人間を沢山殺した。その魔人を倒すためには……」
数秒間を置いてゆっくりと話し続ける。
「仕方が無かったんだろう……」
そうトレイは少女に、何より自分自身に言い聞かせた。
「そうかい」
少女はトレイのもとまで歩み、しゃがんで慈愛に満ちた顔をする。
その顔に見とれていると、少女は。
思い切りトレイの頬をぶっ叩いた。
吹き飛んだトレイに少女は吐き捨てるように言った。
「仕方が無いで、奪われていい命なんかあってたまるか!!」
そして、地面に伸びているトレイの胸ぐらを掴む。
「戦え、男だろ!!」
「戦えったって何の為に戦えって言うんだ!!」
トレイが言い返すと少女は叫ぶ。
「お前の尊厳のためだ!! 人として、奪われた尊厳の為に戦え!!」
そう言われてトレイは目を丸くした後に、フフッと軽く笑う。
「魔人の娘が、人としての尊厳を語るなんておかしな話だな……」
「この世なんてそれ以上に狂ってるよ」
「違いない」
少女はトレイに手を差し伸べた。それを掴んで立ち上がる。
「私はサーラ、アンタの名は?」
「トレイって呼んでくれ」
少女は屈託のない笑顔で話し始めた。
「もう一度言う、私と勇者を殺さないか?」
「そうだな……。と言いたい所だが、ちょっと待ってくれ」
「なんだ、まだ何かあるのか?」
サーラは今にも出発をしたくてウズウズしているので、トレイの言葉にむず痒さを覚えた。
「俺は、勇者に……。勇者オガネに俺を殺した理由を聞きたい。それで気に食わなかったら」
トレイは息を吸い直してハッキリと。
「殺す」
そう言った。それを見てサーラは笑顔になる。
「それなら心配なさそうだな、今の世の中を見ればすぐに分かるさ」
「どういう事だ?」
「それよりさっさと外に出るぞ、魔剣を忘れるなよ、アンタの魂はまだその中にあるんだ」
傍らに転がっている剣をトレイは握り、鞘に収めた。
さっさと歩いていってしまうサーラの後を小走りでトレイは追いかける。
「おい、ここはどこなんだ?」
「私の名前は『おい』じゃない。サーラだ」
「アンタだって俺の名を呼ばないじゃないか」
トレイが言い返すと、はいはいとサーラは返事をする。
「ここは元魔人の根城だよ。勇者はここで魔剣『ムゲンジゴク』を使って魔人を殺した。いや、封印したって言う方が正しいかな」
父親のことなのにサーラは淡々と話す。その後しばらく会話もなく歩くと出口で人形の魔物が待っていた。
「試し斬りにちょうど良いんじゃないか?」
サーラは魔物に向かって顎をしゃくる。
「仲間じゃないのか?」
そうトレイが聞くとサーラは首を横に振った。
「命も知性も無いからね。石ころと変わらないさ」
それならばとトレイは魔剣とやらに力を込めてみる。
次の瞬間、剣身が熱せられて陽炎が揺らめく。
トレイは目の前の勇者が何を言っているのか分からなかった。いや、分かりたくなかった。
腹に突き刺さった剣からは光が漏れる。今まで経験したことのない痛みが襲った。
薄れゆく意識の中で何かを考えようとしたが、何も考えられない。
何もかもが分からない中でトレイは死んだ。
「おい」
トレイは何か声が聞こえて目を覚ます。
「おい、お前」
酷い眠気だった。眠気と言うより気を失うような、意識を持っていかれる感覚をトレイは味わっている。
ここで意識が途切れれば、二度と目を覚ます事が出来ない気がして、無理に意識を保つが、目の前は真っ暗だ。
「返事をしろ…… と言っても、実体がなければ無理か」
何を言っているんだ、ここはどこだ、アンタは誰だとトレイは言葉を出したいが、声が出ない。
「私の生命を分ける。感謝するんだな」
えらく上から目線で、おそらくは少女が言った。その瞬間、一気に視界が開ける。
「おはよう、10年間眠った気持ちはどうだい?」
10年間とは何か。いや、それよりもここはどこだ。そして、目の前で話す美しい少女は何者か。
「私は魔人ドソクの娘。率直に言おう。私と勇者を」
そこまで言って彼女は息を吸い直す。
「殺さないか?」
勇者を殺す。魔人の娘。
トレイは突然の連続で思考が追いついていなかった。地面にへたり込んだまま、片手で頭を抑える。
「返事が遅い、そんなんだから勇者に殺されたんだよ」
勇者に殺された……。
トレイは思い出したくない記憶が鮮明に蘇ってくるのを感じる。
「お前の魂で災厄の魔人を殺すことできるんだ。光栄に思えよ?」
思い出してしまった、勇者の言葉を、自分が人生最後に聞いた言葉を。
目眩と吐き気がした。信じていた勇者に自分はあっけなく殺されたのだ。自身の茶色い短髪を思わず両手で握りしめる。
「思い出したか?」
その声の主を今一度じっくりと見る。褐色の肌に凛とした佇まい。長い黒髪の美しい少女はニヤリと笑っていた。
「アンタは魔人ドソクを倒すための生贄にされたんだ」
「いけ…… にえ……?」
少女は「そうだ」と言って話を続ける。
「アンタの魂は、そこに転がっている魔剣『ムゲンジゴク』に封じ込められた。それで魔人ドソクを殺すための武器が完成したってところかな」
「どういうことだ?」
はぁーっと少女はため息をついて呆れた。
「ここまで言っても分からないのか、アンタの魂は魔人を倒すために、勇者によって利用されたんだよ」
トレイも馬鹿ではない。半分聞いた辺りで何となく話の筋は掴めていた。だが、どうしても事実を認めたくなかったのだ。
「アンタも私も、残された時間はそう長くない。勇者に復讐をするのか、しないのか? 早く決めてくれ」
「俺は……」
「復讐は…… しない」
そうトレイが言うと、当然だが、少女は失望の眼差しを向ける。
「あんた、悔しくないのか?」
「お前、魔人の娘だと言ったな?」
トレイは話を遮って言った。
「魔人はこの世を、人間を沢山殺した。その魔人を倒すためには……」
数秒間を置いてゆっくりと話し続ける。
「仕方が無かったんだろう……」
そうトレイは少女に、何より自分自身に言い聞かせた。
「そうかい」
少女はトレイのもとまで歩み、しゃがんで慈愛に満ちた顔をする。
その顔に見とれていると、少女は。
思い切りトレイの頬をぶっ叩いた。
吹き飛んだトレイに少女は吐き捨てるように言った。
「仕方が無いで、奪われていい命なんかあってたまるか!!」
そして、地面に伸びているトレイの胸ぐらを掴む。
「戦え、男だろ!!」
「戦えったって何の為に戦えって言うんだ!!」
トレイが言い返すと少女は叫ぶ。
「お前の尊厳のためだ!! 人として、奪われた尊厳の為に戦え!!」
そう言われてトレイは目を丸くした後に、フフッと軽く笑う。
「魔人の娘が、人としての尊厳を語るなんておかしな話だな……」
「この世なんてそれ以上に狂ってるよ」
「違いない」
少女はトレイに手を差し伸べた。それを掴んで立ち上がる。
「私はサーラ、アンタの名は?」
「トレイって呼んでくれ」
少女は屈託のない笑顔で話し始めた。
「もう一度言う、私と勇者を殺さないか?」
「そうだな……。と言いたい所だが、ちょっと待ってくれ」
「なんだ、まだ何かあるのか?」
サーラは今にも出発をしたくてウズウズしているので、トレイの言葉にむず痒さを覚えた。
「俺は、勇者に……。勇者オガネに俺を殺した理由を聞きたい。それで気に食わなかったら」
トレイは息を吸い直してハッキリと。
「殺す」
そう言った。それを見てサーラは笑顔になる。
「それなら心配なさそうだな、今の世の中を見ればすぐに分かるさ」
「どういう事だ?」
「それよりさっさと外に出るぞ、魔剣を忘れるなよ、アンタの魂はまだその中にあるんだ」
傍らに転がっている剣をトレイは握り、鞘に収めた。
さっさと歩いていってしまうサーラの後を小走りでトレイは追いかける。
「おい、ここはどこなんだ?」
「私の名前は『おい』じゃない。サーラだ」
「アンタだって俺の名を呼ばないじゃないか」
トレイが言い返すと、はいはいとサーラは返事をする。
「ここは元魔人の根城だよ。勇者はここで魔剣『ムゲンジゴク』を使って魔人を殺した。いや、封印したって言う方が正しいかな」
父親のことなのにサーラは淡々と話す。その後しばらく会話もなく歩くと出口で人形の魔物が待っていた。
「試し斬りにちょうど良いんじゃないか?」
サーラは魔物に向かって顎をしゃくる。
「仲間じゃないのか?」
そうトレイが聞くとサーラは首を横に振った。
「命も知性も無いからね。石ころと変わらないさ」
それならばとトレイは魔剣とやらに力を込めてみる。
次の瞬間、剣身が熱せられて陽炎が揺らめく。