それぞれの想い 2
文字数 2,512文字
「お兄ちゃん」
ヨーリィとムツヤは向かい合って寝ていた。ムツヤはヨーリィの手を握って魔力を送っている。
そんな時にヨーリィの紫色の瞳が、暗い部屋で月明かりを反射してボウっと浮かび上がるようにまっすぐムツヤを見つめた。
「なに? ヨーリィ?」
目をそらさずにヨーリィは言葉を続ける。
「お兄ちゃんは、サズァン様に会いたいって思いますか?」
ムツヤはうーんと考えた。
「もう一度会ってみたいどは思うよ」
「そう」とヨーリィは言ってまた黙ってしまう。
「ヨーリィはマヨイギさんにまた会いたい?」
ヨーリィは視線を逸して答える。
「はい、マヨイギ様には会いたいと思っています」
「そっかー…… あぁそうだ、俺に敬語使わなくてもいいからね」
ムツヤが言うと「わかった」と返事をしてまた沈黙、そして言葉。
「不思議だね、100年も一緒に居たのに、たった数日会えないだけで会いたくなるなんて」
「そうだなー、俺もじいちゃんとずっと一緒に暮らしていたげど、少し会ってないだけで今、何してるか心配だもんな」
ヨーリィはまたムツヤを見つめた。大きな瞳と長いまつげがくっきり見える。
「お兄ちゃんの家族はお祖父様だけなの?」
「あーそうだなー。お父さんとお母さんは小さい頃に死んじゃったみたいで、何も覚えてないな」
「私と、一緒だね」
ヨーリィは特に表情も変えずに言った。
「ヨーリィのお父さんとお母さんも死んじゃったの?」
「私は生まれてすぐに奴隷として売られた。だから親のことはほぼ何も覚えていない」
「そっかー……」
ムツヤは言葉が出てこなかった。奴隷というものがどういう物か本を読んで少しは知っていたし、こちらの世界でもモモから聞いて改めて悲惨な制度だと知った。
「ヨーリィはお父さんとお母さんに会ってみたいって思う?」
「いいえ、まったく」
キッパリとヨーリィは否定する。
「私を奴隷として売った人間に、恨みはあれど情なんて無いから」
「そうか、そうだよね。ごめんねヨーリィ」
「それにどの道100年前だから生きてないよ。私こそ変な話をしてごめんね」
「いいよ、ヨーリィの話もっと聞かせて欲しいから」
しかし、この後は特に会話がなかった、しばらくしてムツヤは眠ってしまった。
ヨーリィは自分のことを不思議に思う、自分はこんなにおしゃべりだったかと。
アシノも寝付けずにいて、寝酒を探すために居間に戻ってきた。居間は魔道具の光があるために昼間のように明るい。
裏の道具と間違えられて寝間着を奪われたルーはメイド服を着ている。
「あら、アシノ、私の事が恋しくなっちゃった?」
ルーはソファに座りながら首を後ろに倒してアシノを見た。
「ばかいえ、私が恋しくなったのはこいつだよ」
そう言ってアシノは蒸留酒を片手に持つ。
「あら、飲んだくれの悲劇の勇者は卒業したのだと思ったのだけど」
嫌味な笑顔を作ってルーは言う、言ったのがルーでなければアシノは完全に逆上していただろう。
「そんなもん周りが勝手に言っていただけだ」
アシノはルーの隣にドカッと座ると、コップに蒸留酒を注ぐ。
「おい、氷くれ」
「はいはーい」
ルーは指先から氷を生み出してコップの中にポチャリと入れた。アシノが見つめる茶色い水面が波打って揺れる。それにマドラーを入れてカラカラと回し始めた。
「なぁ、このメンツで本当にムツヤのカバンを守りながら裏の道具を回収できると思うか?」
そう問いかけられると、ルーは前かがみになって頬杖をする。
「正直言って、無理ではないけど結構しんどいわね」
その答えを聞くとアシノは酒を一口飲んだ。口の中にアルコールの風味が広がり、喉が熱くなった。
「でも、ギルドマスターも言っていたけど。一番まずいのは国に裏の道具の存在がバレることだからね」
その通りだ。国に裏の道具の存在がバレてしまえば確実に取り上げられて戦争が起こる。
「私は、魔人を倒せば世界はきっと良くなると信じていた」
また酒を1口2口と飲んだ、疲れがあるからだろうか、酔いが回るのが早い気がした。
「人間に欲望がある限り争いは無くならないからねー」
ルーはあっけらかんとそう言う。
「平和って何なんだろうな」
アシノはポツリと呟いた。それに対してルーはゲラゲラと笑う。
「なーにー? 勇者の次は哲学者にジョブチェンジ? 似合わない似合わないやめときなって。あっ、一応ハリセンで頭叩いといてあげようか?」
アシノはちゃかされても特に怒りも笑いもしなかった。
「私は、全部の能力を失った事もあったが、その3日後に魔人を倒されてしまった事も…… 悔しかったんだ」
「魔人が倒されれば、平和になればそれで良いと本気で思っていたつもりだった」
アシノはここで酒を一気に飲み干す。
「私は悲劇の勇者でも何でも無い。ただ、自分の能力を、力を皆に見せつけて認めさせたかっただけだったんだ」
空になったコップを見つめた。
「ただ、自慢がしたかっただけなんだ。その延長線上が魔人を倒すことだった。だから…… 自分の存在が否定された気がした」
ルーは黙って聞いていたが突然アシノを引き寄せて頭を自分の太ももの上に乗せた。
「な、何すんだお前!!」
「うーん? いい子いい子してあげようかなーって思って」
「やめろ、私はこういう趣味は無い」
ルーは起き上がろうとするアシノの肩を左手でがっしりと押さえつけて右手で頭を撫でる。
「たとえアシノが自分のためにやってきた事だとしても、それで救われた人は大勢いるんだから良いじゃない。えらいえらい」
左手をアシノの肩からどける、どうやらもう抵抗する意志は無さそうだった。
「それに、やっと話してくれたね。どういう心境の変化か知らないけど」
ルーは優しい慈母のような笑顔でアシノを見つめている。
「……ちょっと酔っただけだ」
「ギルドの酒場で酔っ払ってる時は邪険に扱ってきたくせにー」
アシノはやっぱりこの女は苦手だと思った。どうも調子が狂ってしまう。
「こんな所誰かに見られたくない、私はもう寝る」
そう言ってアシノは立ち上がると居間から出ていく。その背中にルーは「はーいおやすみー」と言葉を投げ、また視線を探知盤に戻した。
(イラスト:有機ひややっこ先生)
ヨーリィとムツヤは向かい合って寝ていた。ムツヤはヨーリィの手を握って魔力を送っている。
そんな時にヨーリィの紫色の瞳が、暗い部屋で月明かりを反射してボウっと浮かび上がるようにまっすぐムツヤを見つめた。
「なに? ヨーリィ?」
目をそらさずにヨーリィは言葉を続ける。
「お兄ちゃんは、サズァン様に会いたいって思いますか?」
ムツヤはうーんと考えた。
「もう一度会ってみたいどは思うよ」
「そう」とヨーリィは言ってまた黙ってしまう。
「ヨーリィはマヨイギさんにまた会いたい?」
ヨーリィは視線を逸して答える。
「はい、マヨイギ様には会いたいと思っています」
「そっかー…… あぁそうだ、俺に敬語使わなくてもいいからね」
ムツヤが言うと「わかった」と返事をしてまた沈黙、そして言葉。
「不思議だね、100年も一緒に居たのに、たった数日会えないだけで会いたくなるなんて」
「そうだなー、俺もじいちゃんとずっと一緒に暮らしていたげど、少し会ってないだけで今、何してるか心配だもんな」
ヨーリィはまたムツヤを見つめた。大きな瞳と長いまつげがくっきり見える。
「お兄ちゃんの家族はお祖父様だけなの?」
「あーそうだなー。お父さんとお母さんは小さい頃に死んじゃったみたいで、何も覚えてないな」
「私と、一緒だね」
ヨーリィは特に表情も変えずに言った。
「ヨーリィのお父さんとお母さんも死んじゃったの?」
「私は生まれてすぐに奴隷として売られた。だから親のことはほぼ何も覚えていない」
「そっかー……」
ムツヤは言葉が出てこなかった。奴隷というものがどういう物か本を読んで少しは知っていたし、こちらの世界でもモモから聞いて改めて悲惨な制度だと知った。
「ヨーリィはお父さんとお母さんに会ってみたいって思う?」
「いいえ、まったく」
キッパリとヨーリィは否定する。
「私を奴隷として売った人間に、恨みはあれど情なんて無いから」
「そうか、そうだよね。ごめんねヨーリィ」
「それにどの道100年前だから生きてないよ。私こそ変な話をしてごめんね」
「いいよ、ヨーリィの話もっと聞かせて欲しいから」
しかし、この後は特に会話がなかった、しばらくしてムツヤは眠ってしまった。
ヨーリィは自分のことを不思議に思う、自分はこんなにおしゃべりだったかと。
アシノも寝付けずにいて、寝酒を探すために居間に戻ってきた。居間は魔道具の光があるために昼間のように明るい。
裏の道具と間違えられて寝間着を奪われたルーはメイド服を着ている。
「あら、アシノ、私の事が恋しくなっちゃった?」
ルーはソファに座りながら首を後ろに倒してアシノを見た。
「ばかいえ、私が恋しくなったのはこいつだよ」
そう言ってアシノは蒸留酒を片手に持つ。
「あら、飲んだくれの悲劇の勇者は卒業したのだと思ったのだけど」
嫌味な笑顔を作ってルーは言う、言ったのがルーでなければアシノは完全に逆上していただろう。
「そんなもん周りが勝手に言っていただけだ」
アシノはルーの隣にドカッと座ると、コップに蒸留酒を注ぐ。
「おい、氷くれ」
「はいはーい」
ルーは指先から氷を生み出してコップの中にポチャリと入れた。アシノが見つめる茶色い水面が波打って揺れる。それにマドラーを入れてカラカラと回し始めた。
「なぁ、このメンツで本当にムツヤのカバンを守りながら裏の道具を回収できると思うか?」
そう問いかけられると、ルーは前かがみになって頬杖をする。
「正直言って、無理ではないけど結構しんどいわね」
その答えを聞くとアシノは酒を一口飲んだ。口の中にアルコールの風味が広がり、喉が熱くなった。
「でも、ギルドマスターも言っていたけど。一番まずいのは国に裏の道具の存在がバレることだからね」
その通りだ。国に裏の道具の存在がバレてしまえば確実に取り上げられて戦争が起こる。
「私は、魔人を倒せば世界はきっと良くなると信じていた」
また酒を1口2口と飲んだ、疲れがあるからだろうか、酔いが回るのが早い気がした。
「人間に欲望がある限り争いは無くならないからねー」
ルーはあっけらかんとそう言う。
「平和って何なんだろうな」
アシノはポツリと呟いた。それに対してルーはゲラゲラと笑う。
「なーにー? 勇者の次は哲学者にジョブチェンジ? 似合わない似合わないやめときなって。あっ、一応ハリセンで頭叩いといてあげようか?」
アシノはちゃかされても特に怒りも笑いもしなかった。
「私は、全部の能力を失った事もあったが、その3日後に魔人を倒されてしまった事も…… 悔しかったんだ」
「魔人が倒されれば、平和になればそれで良いと本気で思っていたつもりだった」
アシノはここで酒を一気に飲み干す。
「私は悲劇の勇者でも何でも無い。ただ、自分の能力を、力を皆に見せつけて認めさせたかっただけだったんだ」
空になったコップを見つめた。
「ただ、自慢がしたかっただけなんだ。その延長線上が魔人を倒すことだった。だから…… 自分の存在が否定された気がした」
ルーは黙って聞いていたが突然アシノを引き寄せて頭を自分の太ももの上に乗せた。
「な、何すんだお前!!」
「うーん? いい子いい子してあげようかなーって思って」
「やめろ、私はこういう趣味は無い」
ルーは起き上がろうとするアシノの肩を左手でがっしりと押さえつけて右手で頭を撫でる。
「たとえアシノが自分のためにやってきた事だとしても、それで救われた人は大勢いるんだから良いじゃない。えらいえらい」
左手をアシノの肩からどける、どうやらもう抵抗する意志は無さそうだった。
「それに、やっと話してくれたね。どういう心境の変化か知らないけど」
ルーは優しい慈母のような笑顔でアシノを見つめている。
「……ちょっと酔っただけだ」
「ギルドの酒場で酔っ払ってる時は邪険に扱ってきたくせにー」
アシノはやっぱりこの女は苦手だと思った。どうも調子が狂ってしまう。
「こんな所誰かに見られたくない、私はもう寝る」
そう言ってアシノは立ち上がると居間から出ていく。その背中にルーは「はーいおやすみー」と言葉を投げ、また視線を探知盤に戻した。
(イラスト:有機ひややっこ先生)