第355話祐の「石見相聞歌」訳と女子たち

文字数 1,456文字

恵美の見送り(口惜しそうな顔をしていた)を受けて、その夜は素直に帰宅。
祐への添い寝もなく、祐は久しぶりに安眠となった。
(ベッドから目覚めまで、一直線)

連休三日目は、万葉集の現代語訳作業。(柿本人麻呂がテーマ)
作業員(祐は、女子たち全員をそう呼んでいる)が全員集まった時点で、柿本人麻呂の「石見相聞歌」の原文(コピー)を女子全員に示した。

※柿本人麻呂の「石見相聞歌」
石見の海 角の浦廻を 浦なしと 人こそ見らめ 潟なしと 人こそ見らめ
よしゑやし 浦は無くとも よしゑやし 潟は無くとも
鯨魚取り 海辺を指して 和多津の 荒磯の上に か青なる 玉藻沖つ藻 
朝はふる 風こそ寄せめ 夕はふる 浪こそ来寄せ 浪の共 か寄りかく寄る
玉藻なす 寄り寝し妹を 露霜の 置きてし来れば 
この道の 八十隈毎に  万たび かへりみすれど
いや遠に 里は放りぬ  いや高に 山も越え来ぬ
夏草の 思ひ萎えて 偲ふらむ 妹が門見む  なびけこの山

春奈は、フンフンと言葉に出して詠む。
(和歌研究者の平井恵子先生の弟子歴が長いので、上手)

純子は原文をじっくり読み、発言。
「お別れの歌かな」
「海に近い家の女性と別れて、山道を行く」
真由美も続く。
「映画のような描写かな、波の音が聞こえて来るような感じ」
「とにかく、すごい歌と思う」
朱里は最後の行から目を離せない。
「なびけこの山って・・・山に命じて・・・彼女の家?彼女と暮らした家を見たいために」
「これは…グッと来る」

春奈が祐を見た。
「ねえ、祐君の訳はあるんでしょ?」
「読んで見たい」

祐は頷いて、自分が訳した「石見相聞歌」を配る。
※祐訳「石見相聞歌」
石見の海の角の浦のあたりには、良い浦がないと人は見るだろうが、良い潟がないと人は見るだろうが、浦などなくてもかまわない、潟などなくてもかまわない。
海辺に沿った、和多豆(にぎたつ)の荒磯の上で 青々と生えた美しい海藻や沖の海藻は、朝には風がなびき寄せ、夕には波が寄せ、その波を受け、ゆらゆらと動き、こちらに寄る。
そんな美しい海藻のように私に身をなびかせて共寝した妻を、私は置いて来てしまった
今、私は、(任務を終え)今、都へ向かい歩いている。
この山道の曲がり角ごとに、何度も何度も振り返ってみるけれど、妻と暮らして来た家から、本当に遠く離れてしまって、里も遠ざかってしまった。
いよいよ 高い山も越えて来てしまった。
物思いに萎れるようにして妻は私を偲んでいるだろう。
私は、妻と暮らした家の門口をもう一度、眺めたい。 
だから、平らになびけ、この山たちよ。

祐が、少し解説。
「石見の国に地方官として赴任していた柿本人麻呂が、任期を終えて大和へ戻る際に石見の国に残してきた現地妻を思って詠んだ一首」
「当時、地方官の現地妻は、ほとんど経済的な理由により、都に帰る男に同行はしなかった」
「だから、男の都への帰還は、永遠の別離となる」

純子は揺れる胸を抑えた。(かなり感動している感じ)
「最初の海の風景の描写も好き、でも、最後の・・・なびけ、この山?すごい」
真由美の目は潤んでいる。
「人麻呂の絶唱かな、泣けて来る」
朱里は、目を輝かせた。
「本当に映画みたい・・・これ、上手に映像詩にできないかな」
春奈は、大きく頷いた。
「うん、やってみたい、伊東合宿で考えよう」

祐は、少し困った。
「それはいいけど、訳を少し変えたくて」
「今、見返すと、固いなあと」
「それをみんなに聞きたかった」

しかし、女子たちは、その祐に乗らない。
春奈が言い出した、明日からの伊東合宿の話題に、切り替わっている。
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