第262話祐君と秋山先生の「清少納言VS紫式部」論!

文字数 2,010文字

源氏物語の大家にして文化勲章受章者の秋山大先生の顔も輝いて来た。
「紫式部日記で、紫式部は清少納言をこきおろしている」

奥様がさっと書棚から紫式部日記の「そのページ」を開いて、テーブルの上に。
(さすが、長年のおしどり夫婦、うちも祐君とそうなりたい・・・ってドキドキして来た)

秋山先生は、そのページ(原文)を読みながら解説。(恐れ多くも秋山大先生の講義!)(しかし・・・原文をこんなにスラスラと・・・さすがや・・・)
「清少納言は、いつもとんでもない得意顔をしていた」
「とにかく才女ぶり、漢字を書き散らしていたけれど、よく読ませてもらえば、まだまだ、未熟な部分も多い」
「彼女のように、とにかく、他人とは違っていることを好む人は、やがて必ず見劣りされることになる」
「その行きつく先は、悪くなるばかりと、思われてならない」

祐君が自然に続けた。(さすが・・・孫弟子!)(祐君も原文から!)
「彼女のような、風流を求めてばかりの人は、一般的には本当は興趣など全く無いような場面であっても、『これはおもしろい』と無理やりに『何か』を見つけ、風流の要素を見逃すことはしません」
「ただし、そんな無理を続けていると、いつの間にか、普通一般の感性からは、離れすぎてしまうことにもつながるので、いつかは、誰も感心しないようなことを言い出す可能性もあります」
「そのような、世間と離れ過ぎてしまった人の行きつく先は、どうして、まともなものであるでしょうか」

出版社の伊藤五月さんが、祐君に見解を求めた。
「この紫式部の清少納言批判は、古文研究者だけでなくて、後世の多くの日本人の悩みになっていると思うけれど・・・」
「祐君は、あまり気にしていないってこと?」(ふむふむ、妥当な質問やな)(祐君は何を言うんやろ・・・気になるわぁ・・・)

祐君の表情は輝いたまま。(つまり自信があるってことや)
「紫式部日記をその前から読めば、彼女の心理がわかって来ます」

秋山先生は、「ほぉ・・・」と、紫式部日記を手に取り、パラパラと読み始める。

祐君は、かまわず説明開始。
「二人の、直接の交流の有無は不明です」
「紫式部日記によると、中宮彰子の御所は、賀茂の斎院の女房や、殿上人から、中宮定子の御所と常に比較され、『仕事を頼める適切な女房がいない』『情趣も面白みも、何もない』と批判されていたようです」

「紫式部は常日頃から『中宮定子と清少納言の御所』の時代が褒められ、『中宮彰子と紫式部の御所』」が批判されることに、心の負担、つまり清少納言に敗北感もあったと思います」
「紫式部は、清少納言のような才女として、才気煥発、当意即妙の対応をするべく、道長にスカウトされたと思いますが、紫式自身の引っ込み思案が災いし、その求められた役目を果たせなかった」
「だから、悔しくて仕方がない」
「結局、清少納言の『アラ過ごし』をしてまで批判する」
「漢字批判は、いわば、『後だしジャンケン』でしかないと思います」
「清少納言は、後日、紫式部が読むと知っていれば、ミスなく書いた可能性もあるのですから」

祐君の考えに、秋山先生と奥様は身を乗り出し、出版社の伊藤五月さんは「圧倒」された感じ。(顏がぼーっとなっとる)(もちろん私も真由美さんも、祐君にうっとりや)

祐君は続けた。
「確かに『源氏物語』は、現代では、世界でもトップクラスの文学作品です」
「問題は、それを書いたのだから、紫式部のほうが清少納言より『偉い』という学者や人が多いこと」
「でも、源氏物語が書かれた時代は、漢文がトップ、次いで和歌などと続き、『物語』などは、現代でいえば風俗小説でしかなかったことは事実」
(これは秋山先生も大きく頷いた)

秋山先生は祐君に笑顔(賛意かな)、また講義を始めた。
「枕草子は言葉足らずの部分も確かにあるよ、でも、やはりキレがあり、しかも含蓄が深い名文中の名文」
「対して、この紫式部日記も含めて源氏物語の文は、長文傾向で、主語も不明確、かなり文意を補わなければ、意味が不明になる」
「彼女は、万が一の他人の批判を恐れ、「スパッと」言い切らない」
「ある意味、思わせぶりの文を書いてしまうので、ストーリーは、それに沿って複雑化し、なかなか終えられなくなる」
「源氏物語の最後の文は、え?と言うほどの文で終わるけれど、そうしなければ、終えられなかった」

祐君が秋山先生の講義を引き継いだ。
「これは、ひとえに、非常に明晰な頭脳と知識、感性を持ちながらも、常に他人の目を気にして引っ込み思案の紫式部ならでは、と思うのです」

「いろいろ考えて、紫式部には、『枕草子』は書き得なかったと思います」
「短くまとめる文が苦手かもしれない」
「それと、清少納言も、あのような長大で複雑な「源氏物語」を書く気は持ち得なかったと思います」
「書き手の性格の違いで、能力に差をつけて勝ち負けを主張するなど、野暮の極み」

秋山先生も大満足なのか、祐君に握手を求めている。
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