第194話朱里は、啄木講義で、少し祐君との距離を詰める。

文字数 1,075文字

午後2時半に講義が終わった。
祐君が立ちあがったので、私、朱里は聞いてみた。
「どう?少しは良くなった?」(すごくドキドキした)(純子さんも祐君の顔を見ている)

祐君は、笑顔だ。(可愛いなあ・・・本当に・・・まだ年下に見える)
「はい、おかげさまで、大変ご心配おかけしました」
「身体を温めてもらって」(・・・これは純子さんの横抱きか・・・次は私)
「田中さんのお薬で」(・・・名前で呼んで欲しい・・・)

純子さん
「次の講義も大丈夫?」
祐君
「うん、聞きたい、啄木は好き」(この何気ない応答が・・・いいな・・・まだ無理かも)

啄木の講義は、同じ階の小さな教室、また祐君を真ん中に三人並んで座る。
祐君は、そのまま講義資料に目を通し始めた。

純子さんも目を通している。
「うん、いいね、啄木、私も好き」
「わかりやすいし、純粋な感じも、またいいな」

祐君
「東海の小島も好きだけど」
「いのちなきもいいね、なんか・・・」

私も必死に資料を目で追う。(啄木を真面目に読んで来なかった・・・少し反省)
でも、すぐに見つかった。
「いのちなき 砂のかなしさよ さらさらと 握れば指のあいだより落つ・・・かな?」

純子さんと祐君が同時に頷いた。

純子さん
「およそ、当時の作家で、こういう文を書く人っていない」
「今の人が書いたと言っても、不思議でない」

祐君
「啄木も漢文めいた文を書いたよ、ないわけではない」
「でも、啄木の良さは、そのまま思いを、普通の言葉で詠んで、読む人の心に響いて来る」

私も、素直に納得する。
「大という字を 百あまり 砂に書き 死ぬことをやめて 帰り来れり」なんて、いいなあと思う。そのまま苦しんでいる人に教えたいような文。

祐君が続けた。
「僕が好きなのは」(すごく気になる・・・純子さんも、祐君をじっと見ている)
「雨に濡れし 夜汽車の窓に 映りたる 山間の町の ともしびの色」

純子さんは目を閉じた。
「確かに・・・いろいろ・・・いい感じ」
私の心にも、しみた。
「言葉づかいの・・・天才?その風景を捉えて」

祐君
「いつか、東北も旅したいなあと」(はい!ご相伴します!)
純子さん
「あちこちや、奈良、博多、そして東北?京都も」(もしかして、先約済み?・・・焦る)

祐君は苦笑。
「旅行好きの親父の血かな」

純子さんはプッと吹く。
「ほんまやな・・・それを言ったら、皆、喜ぶ」

私も、懸命に言葉を出す。
「東北は、全くわからないの・・・」(これが名古屋嬢の限界)

祐君は、自然な笑顔。
「行けばわかる・・・と・・・親父が」

私は、祐君の笑顔がうれしかった。
だから、数センチ身体を寄せた。(まだ、純子さんには負けるかな)
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