第231話母森田彰子は祐を認めたくない

文字数 1,513文字

私、森田彰子は、困惑と不安の連続になっている。
かの高名な和歌研究家平井恵子先生の「あり得ない高評価」から始まって、恩師秋山康先生からの「講演用原稿の破格の評価」、世界的なピアニスト中村雅代先生まで「祐君を鍛えたいので、よろしくお願いします」の連絡が続いたのだから。

祐は、とにかく、子供の頃から、我が家のトラブルメーカーだった。
風邪を引く、おなかを壊すが、日常茶飯事。(しかも、哲夫さんと私の仕事が忙しい時に)
叱れば泣くし、病院と言えば、部屋に鍵を掛けて閉じこもる。
哲夫さんと私が困るからといって、姉の瞳には、全く任せられない。
瞳は、完全な「自己中」タイプ。
どれほど祐の看病を頼んでも、途中で投げ出し、遊びに行ってしまう。
(だから私が自分の仕事を後回しにして、看病するしかなかった)
(特に哲夫さんが、撮影旅行をしている時は、私もへばった)

「祐に才能がある」と評価されても、それは不安の種でしかない。
「絶対に墓穴を掘る」と思うので、実は高名な先生方からの仕事は、やらせたくない。

哲夫さんの意見は、「失敗してもいい、どんどんやらせたほうがいい」「祐は見た目ほど、弱くないよ」「言うべき時は、しっかり言う」と、積極的なもの。
そう言われると、「そうかなあ」と思ってしまう・・・でも、不安で仕方がない。

それと気になっているのは、祐の「古今和歌集の新訳」、秋山先生の講演用の原稿の「書き直し」の中身。
祐程度の貧しい知識で、「感性に任せた新訳」をしてしまった場合、「学会のお歴々」の、お笑い草になるのが、関の山でしかない。
(とにかく、学会のお歴々は、新奇を嫌う、長年の伝統と権威に固執するから)
いかに秋山先生と平井先生がOKを出したとしても、陰口は長く続くし、それが私にも返って来る。

いっそのこと、全ての先生に、「ごめんなさい、その話はなかったことに」の連絡をしたほうが、私は気が楽になると思った。
学会の伝統に反した文を出すよりは、今の時点で諦めさせたほうが、大先生たちのためにも、祐のためにも、私のためにも、結果的には安全なのではないか、それも思う。(特に古文学会は、伝統保守派の牙城なのだから)

だから、意を決して、秋山先生にその旨の相談をかけてみた。
「先生・・・やはり、祐には荷が重いかと」
「先生のご迷惑にもなりますし」
「今後は、別の人を」

しかし、秋山先生は、頑固だった。
「祐君は、育てたい」
「僕は決めたよ、ようやくの後継者」
「彰子先生は、母だからと言って、祐君の才能の芽を摘むべきではない」
「祐君は、深いよ、しっかり読み込んでいる」
「決して、新奇ではない」
「それに彰子先生より…悪いけれど、評価している」

私は、「祐に負けているの?」と、自分の耳を疑った。
悔しいような、うれしいような・・・何とも言えない・・・今は悔しいが先に立つ。

平井先生からは、叱られた。
「もう、出版社にも見せました」
「すごく評価が高いですし、出版も早まります」
「それを、今さら止めろと?」
「むしろ、背中を押すのが、あなたの役目では?」
「母親が息子の前途をつぶしてどうするの?」

中村雅代さんは、辛辣だった。
「祐君は、子供の頃から見ていました」
「少し自分を抑え過ぎる傾向があります」
「彰子先生が、叱り過ぎたのでは?」
「私は、もっと伸びやかな祐君を見たい、それをつぶして来たのは貴方」
「本気の祐君も聴いてみたい」
「だから、貴方は、もう祐君から子離れして欲しい」

教え子の佐々木と吉村も同じようなもの。
佐々木
「殻を破りつつある天才です」
吉村
「古文の将来は祐君にあります」

・・・しかし、どんなに評価をされても、「祐は弱い、不安の種でしかない」以外には思えないのが、私なのである。
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