第137話秋山先生のお宅にて(3)祐の心配、下を向く純子

文字数 1,014文字

秋山先生と話をしながら、祐は気になっていたことがあった。
何年か前に母と来た時には、日村さん、という女性のお弟子さんがいた。
おそらく大学院の人と思ったけれど、その姿がない。
たまたま、今日はいないのか、それならばいいけれど・・・
もし常にいないとなると、書棚の一番高い棚の本を、先生が取るのは、本当に危険。
脚立を使って取るとしても、先生は小柄、しかも高齢。
もし、ひっくり返って、怪我でもされたらと思うと、気になって仕方がない。(だからといって、正式な弟子でもない祐が口を出すべきことではない、それはわかっているけれど)

秋山先生との話が、一応まとまり、祐は聞いてみた。
「秋山先生・・・今日は日村さんは?」(答えを聞くのが、怖かったけれど)

秋山先生は、うれしそうな顔。
「ああ、日村君ね、今度、京都の大学の講師に」
「すごく喜んで旅立った、彼女も将来有望さ」

祐は、複雑な気持ち。
「本当は、日村さんに、この仕事を任せたかったのかな」
「でも、日村さんが、せっかく手に入れた仕事(おそらく秋山先生の斡旋だろうけれど)」
「彼女の将来を邪魔したくない、そんな気持ちかな」
「でも、ここで引き受けなかったら、先生は脚立にのぼって、あちこち、本を探す」
「怪我をしたもらいたくない、痛い思いをしてもらいたくない」

ただ、その気持ちを、先生に「どう伝えたらいいのか」よくわからない。
それと祐自身は、明日が入学式、それから履修登録、古今や源氏以外の勉強もしなくてはならない。
いくら秋山先生が高齢で心配だからといっても、住みこみの弟子になろう、そんな気持ちはおこがましいし、そもそも、望まれてもいない。

祐が、少し考え込んでいると、秋山先生が話題を変えた。
「吉村さんの、奈良の元興寺さん近くの和菓子屋さん、僕も好きでね」
「餡の作り方が、実にやわらかでいいなあと」

純子さんは、しっかりとお礼。
「ありがとうございます」
「昔ながらの仕事を守っているだけですが、両親にも伝えておきます」

秋山先生は、真由美さんに、話題を振る。
「ところで、菊池さん、あなたのご親戚か、どうか」
「間違えていたら、ごめんなさいね」
「九州の国立博物館に、誰か・・・」

真由美さんの顔色が真っ赤になった。
「あ・・・はい・・・」
「おります・・・父です・・・事務局を」

秋山先生は、にっこり。
ただ、純子さんは、顔を下に向けている。
祐は、その下を向いた姿が辛かった。(真由美さんがいなかったら、手を握りたかったほど)
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