第218話ライブバーにて 再びトラブルの予感

文字数 1,249文字

午前中の講義が終わり、教室から出ると、祐は再びオーケストラ部員に絡まれた。
声をかけてきたのは、いかにも気性が荒そうなホルンを持った男子学生。
「おい!お前!失礼だろう!」
ホルンの後ろにはヴァイオリン女子の杉田香織がいる。
「ねえ、ジュリアさんを紹介しなさいよ!」
「紹介してくれたら、君をオーケストラに入れてあげるから!」

祐は、見せたことのないような不機嫌な顔。
「失礼も何も、そんなこと強制される理由も何もない」
「それに、オーケストラにも興味がない」
その口調も、強く厳しいので、オーケストラの二人は怯み、何も言い返せない。

祐は、少し歩いて、純子と朱里に頭を下げた。
「ごめんなさい、嫌な気持ちにさせて」
純子は、首を横に振る。
「祐君が正解、あれくらいキツく言わないとわからない」
朱里は、笑顔。
「祐君の対応は、かっこよかった」

祐は、恥ずかしそうな顔。
「さっきは、行きづらいって話したけどさ」
「マスターが来いって、連絡が来た」
朱里は、小さな声。
「私も行っていい?」
祐が答える前に、純子が朱里の肩をポンと叩く。
「行こうよ、友達だから」
朱里は、途端に目を潤ませている。

ライブバーに入ると、ジュリアも待っていた。
ただ、その前に、マスターが話があるらしい。
「祐君、この前の出演料を、もらって欲しい」

祐は、困った。
「いや・・・そういう話ではなくて・・・」
「ジュリアと弾いただけで」

マスターは、笑って首を横に振る。
「プロでも何でも、誰にも払っている」
「ジュリアには払った、祐君にも払うのが当然」

祐は懸命に考えたけれど、断れないと思った。
マスターから出演料を受け取った。

ジュリアが声を掛けて来た。
「私、その出演料を、ここの店でのお食事代金にしたの」
祐の目が輝いた。
「ああ、僕もそうしたい、お願いします」

しかし、マスターから条件がついた。
「完食してよ、食材を無駄にしたくない」
祐は、「はい!」と笑顔、これで出演料と昼食料の結論がついた。

ただ、祐のその日に注文したお昼は、「トマトリゾット」。
やはり、胃痛がしっかりおさまっていない。
それでも、完食を果たすと、ジュリアからデュオの誘い。
「ねえ、お願い」と楽譜を渡された。
ブラームスの「雨の歌」だった。

すぐに二人の演奏が始まった。
祐は、ゆったり目の短い前奏。
ジュリアの顔が、途端に紅潮、柔らかくヴァイオリンの音を響かせる。

マスターが、「うん」と、祐とジュリアの顔を見比べる。
「祐君は、春雨の範囲で考えている、だから繊細に繊細に弾いている」
「ジュリアは、ここまで繊細とは思っていなかったから、その感覚を研ぎ澄まさせて、祐君の伴奏に合わせて弾く、でも、それがジュリアにとって、新しい雨の歌」

純子と、朱里は、同時に想った。
「和風の、やわらかな雨・・・霧雨のような雨、遠くが、くすんで見える雨」
「祐君がジュリアさんをコントロールしている」

2楽章に入った直後だった。
ライブバーのドアが開き、朝のオーケストラ部員3人が入って来た。
まず、ジュリアに驚き、そしてピアノを弾く祐を「怒り顔」で見ている。
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