第67話祐は学者に紹介され過ぎて疲れる

文字数 911文字

祐は、アルバイトの話の後、秋山と連れ立って、展示会場を歩いた。
途中、様々な質問をしたり、あるいは意見を聞かれたりで、祐にとっては実に充実した時間を過ごした。

また、秋山は、さすがに源氏物語の日本有数の大家なので、多くの学者らしき人から挨拶を受ける。
祐にとって困ったのは、秋山から、祐も紹介されること。
「森田彰子先生の、ご長男で祐君、この春から大学生に」
祐もそのたびに、「森田祐です」と自己紹介をする。

「ああ・・・あの森田先生の・・・」
「いいですね、これからよろしく」
「是非、お母様の後を継いで、源氏をお願いします」
「祐君のような若い人に、是非、語り継いで欲しくてねえ」

学者たちは、笑顔で、いろんな話をして来るし、中には名刺を渡して来たりもする。

そんなことが続き、祐は疲れてしまった。
展示会場の最後の所で、秋山に頭を下げた。
「今日は、これで帰ります」

秋山は、そんな祐を見て、笑う。
「人に逢い過ぎて、気疲れしたかな」
「お昼も一緒に、と思ったけれど」
「学者ばかりに囲まれての昼も食べた気がしないだろう」
「アルバイトの話は・・・来週の日曜日の午前10時に、家に来てくれ」

祐は、ホッとした感じ。
すっかり心を読まれていたとも思うけれど、事実なので仕方がない。

秋山は、話を追加した。
「若菜上を、読んで来てくれ」
「若菜上についての論文だから」


「わかりました、一応、前後も読んでおきます」

秋山の満足そうな顔を見て、祐は会場を後にした。
「若菜上か・・・源氏の中でも、絢爛と、その中に一点の消せない浸み」
「それを、どう書くのかな」

国立博物館の出口に向かって歩きながら、少し考えたけれど、それ以上に、人に紹介され過ぎて、祐は確かに疲れていた。
国立博物館の敷地を出て、再び上野公園に入った時からは、源氏については考えないことにした。

右手に上野動物園が見えた。
しかし、入る気は全くない。

西洋博物館の「シャガール展」も、やめた。
「もう、疲れた」

結局、フラフラと真っ直ぐに進み、階段を下りて、不忍池に。
「漱石の三四郎で」と思いついたけれど、それも途中で考えることをやめた。

「文学から、少し離れたい」と思った。

祐は、結局、何も考えずにブラブラと歩いている。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み