第252話編集者岡田ひかり 祐の古文論

文字数 1,585文字

今日、土曜日は、出版社も加わっての、「新訳 古今和歌集」出版についての会議。
私、平井恵子は、ウキウキと祐君や若い女性たちを迎え入れた。
尚、出版社の編集者は、岡田ひかりさん。年齢は30代後半。
私は当然、秋山康先生、祐君のお母様の森田彰子先生とも、知己。(だから選んだ)

会議開始は、午前9時の予定。
しかし、岡田ひかりさんは、午前8時半には我が家に来た。

ひかりさんは、ワクワク顏。
「祐君がどうなっているかなあと」
「最後に会ったのは、高一の時なんです」
私は興味があった。
「どんな感じだったの?その時」
ひかりさんは、意味深な笑い。
「彰子先生と、お姉さんに叱られて、ムッとした顔でした」
「叱られた理由は、朝寝坊と、食べるのが遅い」
「私、見ていて可哀想で」
私は、朝寝坊の原因を知りたかった。
「祐君は、反論したの?」
ひかりさん
「うん、宇治十帖が何とかって言っていました」
「そうしたら、彰子先生が、頭ごなしに叱るんです」
「祐みたいな子供にわかるわけがないでしょ!」
「それに輪をかけて、お姉さんの瞳さんが、祐君の頭をコツン」
「・・・ちょっと可哀想だったかなあ」
「祐君、真面目な子なのに、叱られて」

そんな話をしていると、車が駐車所に入る音。
少しして、祐君たちが入って来た。

私より、ひかりさんの反応が速かった。
「あーーー祐君!おひさーーー!」(・・・さっきと言っていることが?)
「可愛い!ほんとに!ハンサムねえ!」(それ言うと、女子の視線がキツくなるよ)
「うわーーー!生祐君?」(・・・生祐君?・・・アイドル・・・確かに)
「ねえ、写真撮っていい?」(この人も、祐君に落ちた・・・)

やはり祐君は、一歩遅れた。
「えー・・・と、岡田さん?」
「ああ・・・お久しぶりです、母がお世話になりました」(このタドタドしさが、いいなあ)

私の代わりに、祐君が「岡田ひかりさん」を紹介、女子たちも自己紹介を終えて、古今和歌集の会議が始まった。
尚、ひかりさんが用意したペーパーでは「現代に生きる古今和歌集(仮題)になっている。

意見を最初に求められたのは、やはり祐君だった。

祐君は、言葉を選んで、慎重に話す。
「古文全般の考え方、現代語訳を含めて」
「一般の読者からすれば、言葉がわからない、時代背景がわからない、現代には不要」
(確かに、私も、そう思う。古文学者として反省している)

祐君は続けた。
「古文学者・・・伝統的権威を重んずる人は」(私は、心臓が痛い・・・何を言うの?祐君)
「とにかく古文をありがたいもの、畏れ多いものに、してしまった」
「確かに天皇家、皇族、貴族の歌、文です」

「特に戦前は、へりくだって敬意あふれる文にしないと、自分の身が危ない」
「だから、ありがたく、一般人では理解できないような、難しくて格調高く、近寄りがたい現代語訳が、求められた」
「つまり、一般人が読んですぐに理解できるような訳では、古文の品格が落ちると思ったのかもしれない」
「だから、恋の歌に、である、であるぞよ、恋するものなり、恋したことであったわい、恋するべきなのである・・・そんな気持ちの悪い訳をして、威張りたがる」
(・・・耳が痛い・・・心にグサグサ刺さって来る)

「そして、伝統的な師弟関係に縛られ、学会での出世を安泰にしたいために、戦後の学者も、そういう変な慣習に異を唱えなかった、異を唱えた人もいたかもしれない、でも権威主義の大先生やお取り巻きに、寄ってかかって潰されて来たのが、古文の歴史」(うわ・・・古文学会の暗黒史だ・・・うん、私も、それで随分と悩んだ)

祐君は、ここまで言って少し沈黙。
おもむろに、口を開いた。
「学者のための古文、古今でなくて」
「現代に生きる歌にしたいなあと」
「普通に季節を感じ、恋を喜び、苦しみ、人の死を悼み、離別を悲しみ・・・」
「それを感じてこそ、詠んだ人が喜ぶのかなと思うんです」

祐君の顏は、紅潮している。
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