第341話 決断が先に延ばせない
文字数 2,005文字
「で、しかたがないから連れてきたと」
部屋に戻って、サラとキャラに事情を説明し終えた僕に最初に言った言葉がこれである。
「サラ様、もう少し強く出てもよろしいのではありませんか?」
「いいえ、キャラ。お館様は無節操に女性に手を出すお方ではありません。それはあなたも判っているのではありませんか?」
言われてキャラは黙礼する。
「さてお館様。その娘は幕閣に登用するのですか? それとも側室ですか?」
「え? え!?」
僕の動揺にふぅと長く息を吐き、彼女は膝をついて僕の膝に手を置く。
「やはりただただ連れて来たのですか。もう少しご思案くださいませ。その娘の一生に関わるご決断になるやもしれないのですよ」
そういえば、側室候補を選ぶ際にも同じようなことを言われたな。
(まったく、成長がないんだから)
(面目ない)
「とりあえず、彼女の前世について聞いてから今後の登用を考えようと思うが、どうだろうか?」
「かしこまりました。たしかに前世を知らねば少なくとも要職につけるわけに参りませんね」
彼女の件はそれでひとまず落着した。
翌日、僕は一人増えた一行を引き連れてホルス車で帰路についた。
出迎えたコンドーが例によって適当に仕分けされた報告から優先順位の高い数件について決裁を求めてくる。
「最後に、ドゥナガール仲爵からオッカメー領のお館様が保護下に置いている地域からの撤退を要求されております」
「それは、使者が来ての要求か?」
「いえ、飛行手紙にて送られたものにございます」
…………。
「誰の筆蹟 によるものか?」
「祐筆殿の筆蹟にて間違いはないかと」
さすがはコンドー。抜かりなく確認していたようだ。
僕はしばし考える素振りをして見せてから
「捨ておけ」
と、命じる。
「いや、しかし……」
「それは仲爵殿の指図ではなかろう。仮に仲爵殿の指図だとしても同盟相手に対してこれほどの失礼はない。いくら私が百姓上がりの下剋上領主といえども、正式な使者もよこさない相手からの要求を受け入れるほど外交知らずではない」
「御意」
「返事も出すなよ」
「仰せのままに」
しかし、このままでは早晩正式な使者が来かねないな。
それまでになんとか東進の道をこじ開けなきゃならない。
コンドーにチャールズを呼び出すよう頼み、執務室にこもって溜まっている決裁書類に目を通していると、扉をたたく音が鳴った。
中へ通すと新しい車椅子に乗ったチャールズが入ってきた。
「おお、チャールズか。待っていた」
「御用向きは?」
「急ぎの手紙を出したい」
「飛行 手紙 速達 ですね、準備いたします。で、送り先は?」
「オクサだ」
僕は事前に用意していた手紙を折りたたみ、金属製ロケットの胴体にしまってチャールズに手渡す。
これから幾度となく仕掛けられるであろう横槍に対して敢然と拒絶するお墨付きである。
「しかし、まいったね」
「なにがでございましょう?」
ロケットの胴体に魔法陣を刻みながら世間話でもするような気やすさで話しかけてくるのだから、チャールズの魔法技術は大したものだ。
王国でも一、二を争う魔法使いなのじゃないかな?
いや、下手すると大陸でも五指に入るほどの魔法使いかもしれない。
「予定通りの出兵では危うくなってきた」
「どのようなご懸念が?」
「ドゥナガールの動きが早くてな。東への道が閉ざされてしまいそうだ」
「お館様」
チャールズは手を止め、まっすく僕に向き直った。
「お館様が認めた『そんしのひょうほう』なる兵法書に『勢篇』なるものがありましたな」
人のする戦だ。
この世界にも当てはまるんじゃないかと思ってこの国の言葉に翻訳したものを兵科の教科書として書いたものだ。
チャールズも読んでいるのか。
たしか勢篇は
『故に善く戦う者は
これを勢 に求めて人に責 めず
故に能 く人を択 びて勢に任ぜしむ』
だったか。
で
『故に善く人を戦わしむるの勢い
円石を千仞 の山に転ずるが如くなる者は
勢なり』
ざっくり意訳すると、戦は勢いに任せた方がうまくいく。
なるほど、確かに安全マージン取りすぎて臆病になっていたかもしれない。
人間の一生には何度か火中の栗を拾わなきゃならない時があるもんだ。
最初の決断は僕がまだ村一つの長やってた時だった。
正直あれ以来確実に勝てると踏んだ戦しかしてこなかった。
勝つにあたっても限りなく味方の損害をなくすために相手に数倍する戦力が整い、継戦能力に余裕がない時は兵を引く決断をして来たつもりだ。
けど、そうも言っていられない。
今回はそういう戦いにならざるを得ないということだ。
夏も盛りを過ぎようとしている。
仕掛けるならば刈り入れ前だ。
こちらの兵糧にも余裕はないが、本領を失い平定を済ませていないヒットコ領で軍を維持し続けているアシックサル軍はもっと厳しかろう。
合戦の方は勢いに任せるとして、オッカメー領の権益維持をどうするかだな。
これは……忍者部隊と相談だな。
部屋に戻って、サラとキャラに事情を説明し終えた僕に最初に言った言葉がこれである。
「サラ様、もう少し強く出てもよろしいのではありませんか?」
「いいえ、キャラ。お館様は無節操に女性に手を出すお方ではありません。それはあなたも判っているのではありませんか?」
言われてキャラは黙礼する。
「さてお館様。その娘は幕閣に登用するのですか? それとも側室ですか?」
「え? え!?」
僕の動揺にふぅと長く息を吐き、彼女は膝をついて僕の膝に手を置く。
「やはりただただ連れて来たのですか。もう少しご思案くださいませ。その娘の一生に関わるご決断になるやもしれないのですよ」
そういえば、側室候補を選ぶ際にも同じようなことを言われたな。
(まったく、成長がないんだから)
(面目ない)
「とりあえず、彼女の前世について聞いてから今後の登用を考えようと思うが、どうだろうか?」
「かしこまりました。たしかに前世を知らねば少なくとも要職につけるわけに参りませんね」
彼女の件はそれでひとまず落着した。
翌日、僕は一人増えた一行を引き連れてホルス車で帰路についた。
出迎えたコンドーが例によって適当に仕分けされた報告から優先順位の高い数件について決裁を求めてくる。
「最後に、ドゥナガール仲爵からオッカメー領のお館様が保護下に置いている地域からの撤退を要求されております」
「それは、使者が来ての要求か?」
「いえ、飛行手紙にて送られたものにございます」
…………。
「誰の
「祐筆殿の筆蹟にて間違いはないかと」
さすがはコンドー。抜かりなく確認していたようだ。
僕はしばし考える素振りをして見せてから
「捨ておけ」
と、命じる。
「いや、しかし……」
「それは仲爵殿の指図ではなかろう。仮に仲爵殿の指図だとしても同盟相手に対してこれほどの失礼はない。いくら私が百姓上がりの下剋上領主といえども、正式な使者もよこさない相手からの要求を受け入れるほど外交知らずではない」
「御意」
「返事も出すなよ」
「仰せのままに」
しかし、このままでは早晩正式な使者が来かねないな。
それまでになんとか東進の道をこじ開けなきゃならない。
コンドーにチャールズを呼び出すよう頼み、執務室にこもって溜まっている決裁書類に目を通していると、扉をたたく音が鳴った。
中へ通すと新しい車椅子に乗ったチャールズが入ってきた。
「おお、チャールズか。待っていた」
「御用向きは?」
「急ぎの手紙を出したい」
「
「オクサだ」
僕は事前に用意していた手紙を折りたたみ、金属製ロケットの胴体にしまってチャールズに手渡す。
これから幾度となく仕掛けられるであろう横槍に対して敢然と拒絶するお墨付きである。
「しかし、まいったね」
「なにがでございましょう?」
ロケットの胴体に魔法陣を刻みながら世間話でもするような気やすさで話しかけてくるのだから、チャールズの魔法技術は大したものだ。
王国でも一、二を争う魔法使いなのじゃないかな?
いや、下手すると大陸でも五指に入るほどの魔法使いかもしれない。
「予定通りの出兵では危うくなってきた」
「どのようなご懸念が?」
「ドゥナガールの動きが早くてな。東への道が閉ざされてしまいそうだ」
「お館様」
チャールズは手を止め、まっすく僕に向き直った。
「お館様が認めた『そんしのひょうほう』なる兵法書に『勢篇』なるものがありましたな」
人のする戦だ。
この世界にも当てはまるんじゃないかと思ってこの国の言葉に翻訳したものを兵科の教科書として書いたものだ。
チャールズも読んでいるのか。
たしか勢篇は
『故に善く戦う者は
これを
故に
だったか。
で
『故に善く人を戦わしむるの勢い
円石を
勢なり』
ざっくり意訳すると、戦は勢いに任せた方がうまくいく。
なるほど、確かに安全マージン取りすぎて臆病になっていたかもしれない。
人間の一生には何度か火中の栗を拾わなきゃならない時があるもんだ。
最初の決断は僕がまだ村一つの長やってた時だった。
正直あれ以来確実に勝てると踏んだ戦しかしてこなかった。
勝つにあたっても限りなく味方の損害をなくすために相手に数倍する戦力が整い、継戦能力に余裕がない時は兵を引く決断をして来たつもりだ。
けど、そうも言っていられない。
今回はそういう戦いにならざるを得ないということだ。
夏も盛りを過ぎようとしている。
仕掛けるならば刈り入れ前だ。
こちらの兵糧にも余裕はないが、本領を失い平定を済ませていないヒットコ領で軍を維持し続けているアシックサル軍はもっと厳しかろう。
合戦の方は勢いに任せるとして、オッカメー領の権益維持をどうするかだな。
これは……忍者部隊と相談だな。