第181話 点在する集落がつながろうとしている現場
文字数 2,317文字
ハンジー町は領内でもっとも開拓が進んでいる場所だ。
旧第三中の村を流れる川の上流にため池が一つ、旧第一中の村上流にも一つ作られた。
旧第一中の村を流れる川は旧第二中の村を通ってオグマリー町へと続いている。
ルダーの計画ではさらに上流にもう一つずつため池を作る予定だそうだ。
旧第三中の村を流れる川は未開拓の森の中を通ってオグマリー町へと繋がっているのだけど、川の途中から農業用水路を引いてもう一本の川と合流させたいんだと。
そうするとその水路の周辺も開拓できる。
元々旧村間の街道脇は農地にする計画だったけど、ルダーはさらにハンジー町の町域を三割くらい拡げる計画を立てているらしい。
「けど、そんなに拡げても労働力が足りないんじゃないのか?」
「今のままなら足りないだろうが十年後、二十年後には人口が倍になってるだろ」
「おいおい、そんなわけないだろ」
「あるさ。お前、領主なのに人口動態把握してないのか?」
「去年からベビーラッシュになっているのは知ってるけど、それが十年後に倍になるようなものか?」
「ほんとに大丈夫か? クレタが医療に従事し始めてから三年、未成年の死亡率が劇的に改善されていて、今年生まれた子はまだ誰も死んじゃいないんだぞ。これがどういうことか判ってないだろ」
資料によれば、生後一年未満の死亡率は十五から二十パーセントだったものが少なくとも今年はまだ一人も死んでいないんだとすれば、なるほど劇的な改善だ。
五歳までに約三割が病気や事故で亡くなり、成人できるのは六割弱と言われてた……おお、出産増と死亡減で単純に倍になるなんてことはなくてもかなりの人口増加が望めるじゃないか。
「判ったか?」
「ああ」
「人口が増えれば、労働力も増えるが食料もそれだけ必要になる。土地は切り拓けば畑になるなんてわけじゃない。五年後、十年後の立派な畑にするためには今から土作りをしてかなきゃならないのさ」
さすがは前世を農業に捧げてきた男だ。
今世を百姓の倅としてただただぼーっと生きてきた僕なんかとは違うな。
グリフ族との交易にフレイラを通貨がわりに使っていることもあって食料増産は確かに必要ではある。
「じゃあ、ルダーは五年くらいハンジー町にいるんだな?」
「そんなもったいないことができるか。そもそも大臣なんだからここにだけ集中してたらダメだろ」
ああ、そうだね。
なんだろう?
僕、領主なのに全然考えてないボンクラに思えてきたぞ。
「試験採用の文官の中に一人飛び抜けて優秀なのがいてな、試しにそいつに旧第一中の村第二中の村間の開拓を任せてみた」
「で?」
「想定より早く開拓が進んでんのよ。夏場で人手も少ないってのにな。たいしたもんだ」
へぇ、そんな優秀な人材がいるんだ。
「だからサイに俺の直属の部下に欲しいって頼んでるんだが、なかなか首を縦に振ってくれないんだ」
「つまり、僕に口利きしろって?」
「頼む。大臣の下に直属の部下がいないなんて問題だろ?」
確かに。
けど、それをいうならほとんどの担当大臣の下に直属の部下がいないけどな。
だから、町々の文官や武官を都度動員して事業に当たっていたりする。
武官はともかく文官は不足しているんで、代官としては徴発にいい顔はしないんだろう。
「判った。とりあえず各大臣に直属の部下を二人つけるようにイラードに話をつけておくよ」
今年も文官試験を行う予定だし、これくらいは融通できるべ。
「ありがたい。それができれば俺ももっと自由に腕が揮えるってもんだ」
ハンジー町域の街道脇は随分と開墾が進んでいて見晴らしが良くなっていた。
前は森のトンネルをくぐるみたいに道が通っていたけど、今は旧村の周りは森が数メートル向こうにある。
まだ切り株が残る緩衝地帯的な場所だけれど、徐々に拡げて数年後には畑になる予定だ。
旧町の手前はもっと拓けていた。
さすがは旧町域、村より人手が多いからだろう。
けど、町人が率先して農業なんてするのか?
この辺は農繁期に村々に人手が駆り出される程度だったと思うんだけど。
「町の城壁を解体したでしょう? 外に拡がれると知った町人たちが、狭い町中から外に出る動きがあるのですよ」
と、ハンジー町代官サイ・カークが教えてくれた。
「その勝手を許しているのか?」
「ええ。クレタ厚生大臣が衛生環境改善のために推奨するってことだったので」
なるほど。
たしかに旧城壁内は狭くてゴミゴミしていて衛生環境いい感じじゃなかった。
「もちろん、政策的には率先して農地を開墾して農業労働に従事してもらうように働きかけているのですが……」
「餌でもぶら下げないと食いつかないか」
「はい」
大和朝廷もそれで苦労してたな。
三 世 一身 法 とか墾田 永年 私 財 法 とかでいつの間にか公地公民の律令制度が崩れていったんだ。
「人頭税だけじゃダメか?」
「ええ。旧町域を出られるほどの町人だと払ってしまえるのですよ」
「はー、なるほど」
領内は律令制を参考に公地公民という体で運用されているけど、実際は僕の私有財産だ。
いざとなったらというか、いつでも強権を発動できるんだけど乱発すると不満がたまって叛乱なんてことになりかねない。
僕の使命は生きること。
できるかぎり穏便に知恵を絞って生き抜かなきゃ。
そうだな……でも差し当たって飴より鞭でいこう。
「では『一軒家は土地を占有する行為なので、新規に家を建てた場合は土地利用税をとることとする』ってのはどうだ? 『ただし、農業専従者はこれを免除する』って付則をつけて」
「いいかもしれません。他の代官とも協議してイラード内務大臣にはかってみましょう」
ごめん、イラード。
いろいろ仕事増やしちゃった。
旧第三中の村を流れる川の上流にため池が一つ、旧第一中の村上流にも一つ作られた。
旧第一中の村を流れる川は旧第二中の村を通ってオグマリー町へと続いている。
ルダーの計画ではさらに上流にもう一つずつため池を作る予定だそうだ。
旧第三中の村を流れる川は未開拓の森の中を通ってオグマリー町へと繋がっているのだけど、川の途中から農業用水路を引いてもう一本の川と合流させたいんだと。
そうするとその水路の周辺も開拓できる。
元々旧村間の街道脇は農地にする計画だったけど、ルダーはさらにハンジー町の町域を三割くらい拡げる計画を立てているらしい。
「けど、そんなに拡げても労働力が足りないんじゃないのか?」
「今のままなら足りないだろうが十年後、二十年後には人口が倍になってるだろ」
「おいおい、そんなわけないだろ」
「あるさ。お前、領主なのに人口動態把握してないのか?」
「去年からベビーラッシュになっているのは知ってるけど、それが十年後に倍になるようなものか?」
「ほんとに大丈夫か? クレタが医療に従事し始めてから三年、未成年の死亡率が劇的に改善されていて、今年生まれた子はまだ誰も死んじゃいないんだぞ。これがどういうことか判ってないだろ」
資料によれば、生後一年未満の死亡率は十五から二十パーセントだったものが少なくとも今年はまだ一人も死んでいないんだとすれば、なるほど劇的な改善だ。
五歳までに約三割が病気や事故で亡くなり、成人できるのは六割弱と言われてた……おお、出産増と死亡減で単純に倍になるなんてことはなくてもかなりの人口増加が望めるじゃないか。
「判ったか?」
「ああ」
「人口が増えれば、労働力も増えるが食料もそれだけ必要になる。土地は切り拓けば畑になるなんてわけじゃない。五年後、十年後の立派な畑にするためには今から土作りをしてかなきゃならないのさ」
さすがは前世を農業に捧げてきた男だ。
今世を百姓の倅としてただただぼーっと生きてきた僕なんかとは違うな。
グリフ族との交易にフレイラを通貨がわりに使っていることもあって食料増産は確かに必要ではある。
「じゃあ、ルダーは五年くらいハンジー町にいるんだな?」
「そんなもったいないことができるか。そもそも大臣なんだからここにだけ集中してたらダメだろ」
ああ、そうだね。
なんだろう?
僕、領主なのに全然考えてないボンクラに思えてきたぞ。
「試験採用の文官の中に一人飛び抜けて優秀なのがいてな、試しにそいつに旧第一中の村第二中の村間の開拓を任せてみた」
「で?」
「想定より早く開拓が進んでんのよ。夏場で人手も少ないってのにな。たいしたもんだ」
へぇ、そんな優秀な人材がいるんだ。
「だからサイに俺の直属の部下に欲しいって頼んでるんだが、なかなか首を縦に振ってくれないんだ」
「つまり、僕に口利きしろって?」
「頼む。大臣の下に直属の部下がいないなんて問題だろ?」
確かに。
けど、それをいうならほとんどの担当大臣の下に直属の部下がいないけどな。
だから、町々の文官や武官を都度動員して事業に当たっていたりする。
武官はともかく文官は不足しているんで、代官としては徴発にいい顔はしないんだろう。
「判った。とりあえず各大臣に直属の部下を二人つけるようにイラードに話をつけておくよ」
今年も文官試験を行う予定だし、これくらいは融通できるべ。
「ありがたい。それができれば俺ももっと自由に腕が揮えるってもんだ」
ハンジー町域の街道脇は随分と開墾が進んでいて見晴らしが良くなっていた。
前は森のトンネルをくぐるみたいに道が通っていたけど、今は旧村の周りは森が数メートル向こうにある。
まだ切り株が残る緩衝地帯的な場所だけれど、徐々に拡げて数年後には畑になる予定だ。
旧町の手前はもっと拓けていた。
さすがは旧町域、村より人手が多いからだろう。
けど、町人が率先して農業なんてするのか?
この辺は農繁期に村々に人手が駆り出される程度だったと思うんだけど。
「町の城壁を解体したでしょう? 外に拡がれると知った町人たちが、狭い町中から外に出る動きがあるのですよ」
と、ハンジー町代官サイ・カークが教えてくれた。
「その勝手を許しているのか?」
「ええ。クレタ厚生大臣が衛生環境改善のために推奨するってことだったので」
なるほど。
たしかに旧城壁内は狭くてゴミゴミしていて衛生環境いい感じじゃなかった。
「もちろん、政策的には率先して農地を開墾して農業労働に従事してもらうように働きかけているのですが……」
「餌でもぶら下げないと食いつかないか」
「はい」
大和朝廷もそれで苦労してたな。
「人頭税だけじゃダメか?」
「ええ。旧町域を出られるほどの町人だと払ってしまえるのですよ」
「はー、なるほど」
領内は律令制を参考に公地公民という体で運用されているけど、実際は僕の私有財産だ。
いざとなったらというか、いつでも強権を発動できるんだけど乱発すると不満がたまって叛乱なんてことになりかねない。
僕の使命は生きること。
できるかぎり穏便に知恵を絞って生き抜かなきゃ。
そうだな……でも差し当たって飴より鞭でいこう。
「では『一軒家は土地を占有する行為なので、新規に家を建てた場合は土地利用税をとることとする』ってのはどうだ? 『ただし、農業専従者はこれを免除する』って付則をつけて」
「いいかもしれません。他の代官とも協議してイラード内務大臣にはかってみましょう」
ごめん、イラード。
いろいろ仕事増やしちゃった。