第264話 親娘宿を救え 4

文字数 2,670文字

 持ち帰り用の酒樽なんてせいぜいが二ラッタくらいなもんだ。
 五人で呑めばいい気分になる頃には底をつく。
 ちょっと物足りないなぁ……と思いながらも宴をお開きにして床に就くと、あっという間に夢の中。
 朝の日差しに頬を撫でられて気持ちよく目が覚めると、枕元には二通の飛行手紙が届いていた。
 さて、悪者どもはどんな手段でやってくるかな?
 顔を洗って部屋で待っていると焼きたてのロチャティムにクッカーの卵焼きという朝食をオーミッツちゃんが配膳してくれる。
 クッカーは庭で飼っているんだろう。
 とても新鮮な卵を丁寧に出汁で巻いてあって美味しかった。
 こうなってくると、前世を日本で暮らしていた身としては炊き立てご飯と味噌汁で食べたくなる。
 米も味噌も存在してないからないものねだりなんだけどさ。
 味噌に関して言えば、ルダーが色々試行錯誤しているけど、今のところ成功例はない。
 悪者どもが仕掛けてこない間は暇なので、宿の手伝いをかってでることにする。
 煮炊きや風呂を沸かすのに使う薪を割り、宿特有の長い廊下の雑巾掛け。
 この規模の宿なら本当だったら四人くらいは雇っていないとまわらないはずだなぁとか、ずっと日課にしている剣の朝稽古ができない代わりに少しでもなるといいなと思いながら午前中を過ごす。
 お天道様が最高到達点に達して一時間ほど経っただろうか。
 部屋からぼんやりと宿場を見下ろしていると、遠くから物々しい一団が道行く人たちを押し退けながらこちらを目指してやってくるのが目にとまる。

「来ましたね」

 スケさんがちょっとワクワクした感を出して覗き込む。
 地上げ屋のヤクザ者ばかりじゃなく、関門詰めの兵士も駆り出されているようだ。
 ミッツァミの私兵であって欲しいなぁ。
 宿の前にたどり着いた一団は、騎士の男の指示に従ってぐるりと取り囲むように配置についた。
 おお、なかなかよく訓練された兵士たちじゃあないか。
 それを他の宿の従業員や、旅の客なんかが遠巻きに見守っている。
 配置についたことを確認した騎士は、地上げヤクザと目配せすると、大音声で宿の主人を呼ばわった。

「さて、我々も行きますか」

 と、部屋にいるスケさんカクさんハッチに声をかける。
 三人は「はい」と短く返事を返し、腰に吊る下げられた護身用の短刀を確認してから階下へ降りていく。
 階段を降りていくと悪者どもがいい加減なことをあることないことでっち上げて宿屋の親娘を連れて行こうとしているところだった。

「お待ちなさい!」

(変な台詞)

 リリムに言われるまでもなく、芝居がかりすぎだと心の中で反省してる。
 だが、後悔はしていない。
 今回はこれで貫き通す。

「自分たちの利益のために罪もない親娘にこれ以上の無体を働くことは、私が許しませんよ!」

 と、じじくさい台詞回しで見栄を切る。

「ただの客の分際でなんて言種だ。おい、いいか? ここにおられるのはこの難関門を預かる騎士のミッツァミ様だぞ。そのミッツァミ様に逆らうとか、どうなってもしらねぇぞ!」

 まったく、テンプレートな脅し文句だな。
 こいつがガンジャだな。
 いかにもっていう悪党面だ。

「へぇ、この領内では騎士様だって手前勝手は許されていないはずなんだがなぁ。おい、ミッツァミ。地上げ屋の悪党なんかと結託して許されると思っているのか?」

「若造! 騎士を愚弄して貴様こそタダで済むと思うなよ。構わん! 痛めつけてやれ!」

 やれやれだぜ。

(ジャンもテンプレー一直線ね)

 あー、そうだね。
 ついでにテンプレ通りに大立ち回りをかましてやりましょうかね。

 僕は棍で殴りかかってくる兵士の腕を掴み捻りあげる。

「スケさん」

「はっ」

 スケさんはオーミッツちゃんに襲い掛かろうとしていた昨日のヤクザもんの襟首掴んで返事を返す。

「カクさん」

「はっ」

 カクさんは親父さんに振り下ろされた棍を十字受けで受け止めている。

「懲らしめてやりなさいっ!」

 二人揃って待ってましたとばかり反撃を始めた。
 ハッチはといえばスケさんカクさんが攻めに転じたので親娘の側で安全確保だ。
 僕は最初に殴りかかってきた兵士から棍を奪い取ってそれを振り回す。
 狭い宿の入り口では満足に大立ち回りができないので、悪者どもを外に追い出しにかかったら、スケさんたちも外に出ていく。
 これでいたずらに宿に被害が出ることもなく、親娘たちの安全もある程度図れるだろう。
 棍を持っても突きしかできないんじゃあいくら実力差があっても多勢に無勢では少々キツい。
 そこいくとこの宿は宿場の外れにあって軒を連ねた中心部じゃあないので派手に暴れるのに十分なスペースが確保できるのがありがたい。
 おかげで周りを見渡す余裕がある。
 僕もそれなりの実力者のつもりだけど、スケさんもカクさんも僕よりずっと強いな。
 二人とも徒手空拳で棍を持って捕縛しようとしている兵士たちをバッタバッタと殴りつけてるぞ。
 こりゃあ、三銃士にも匹敵するんじゃないか?

「ええい、なにをしている。お上に楯突く不届きものだ。斬れ! 斬り捨てい!」

 おいおい、シャレにならないぞそれは。
 兵士たちは棍を投げ捨て剣を抜く。
ヤクザものも手に手に()(くち)みたいな剣を持って振り回している。
 同時に三人の兵士に斬りかかられて二人までは体を捌いて棍を打ち据えたものの、三人目の振り下ろす剣を捌ききれずに棍で受け止めてしまう。
 剣が深く食い込んでしまったため、その兵士とこう着状態に陥った背後から新たな兵士が迫る気配を感じたその時、ゴッっと(つぶて)が人に当たる音が背後から聞こえてきた。
 相対している兵士がギョッとした隙を見逃さず腹を蹴って振り向くと、襲ってきていただろう兵士が仰向けに倒れていくのが目に入る。
 さらにその向こうにはヤッチシ。
 ああ、助けてくれたのはヤッチシだな、ありがとう。
 そして、そのさらに向こうからドヤドヤとやってくる一段が。
 先頭には見覚えのある男。
 おお、やっときたか。

「鎮まれ。鎮まれぇ!」

 新手の兵士たちが争いに割って入り、戦闘行為が止んだ頃、兵を率いてやってきたオグマリー町長テッチャーが僕とミッツァミの間に立ち塞がった。

「テッチャー様にお立ち寄りいただいた折にこのような不逞の輩との大立ち回り、難関門の預かる身として不得の極み。すぐさまこの不埒ものどもを引っ捕らえて……」

「ええい、控えろ。こちらのお方をどなたと心得る。このお方こそお館様、ご領主ジャン・ロイ様なるぞ!」

 僕は心の中でジャジャーンとBGMを鳴らして平伏する悪党どもを見下ろした。
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