第90話 決断は素早く、行動は迅速に

文字数 2,002文字

 予定なら今頃は敵軍の兵糧に火をかけているはずだった。
 それなのに、嗚呼それなのに、それなのに……。
 軍の野営地には兵糧がない。
 この作戦は失敗なのか?
 僕はいくつかの決断を迫られる。
 それも早急にだ。
 まずは作戦を継続するか、撤退するか。
 そのための判断材料はなんだ?
 兵糧の保管場所のあてだ。
 陣中にはなかった。
 じゃあどこだ?

「サビー」

「はい」

「兵糧が陣中になかった」

「はい。この規模の軍ならば相当量の兵糧が必要だと思います」

「教科書通りなら最低十日分」

 その疑問にはラバナルが答える。

「そうじゃ」

「なら、どこにある?」

「ずっと後方ということになるかと」

 サビーがいう。
 違いない。

(この最奥の村への一本道で大量の兵糧を置いておける場所?)

(じゃあ、あそこしかないわよね)

 だよね。
 僕も見当はついていた。
 旅人の野営地だ。
 とすればここからさらに先、着く頃には夜が明けるんじゃないか?
 作戦は失敗として帰陣すべきか?
 でも、明日以降の戦闘は今までのように有利には進められないぞ。
 早期決着のためには是が非でもこの作戦は成功せなきゃいけないんじゃないだろうか?
 とはいえ僕は総大将だ。
 明日の戦闘指揮を取る責務があるよな。
 どうする?
 長考なんてしてられないぞ。

「お館、どうしますか?」

 サビーが()れて結論を急かす。
 三択だろ?
 まずは撤退。
 これを選択すると戦略を根本から練り直さなきゃ大損害を(こうむ)ることは必定だ。
 いや、練り直したってどれだけ損害が抑えられるかって話だ。
 次に継続。
 兵糧を焼くのには成功するだろうが、今日の村の防衛戦でどれほどの損害が出るか判らない。
 いやまぁ、僕が指揮をしていたからと言ってその損害が極端になくなるってもんでもないんだけど、魔法使い(ラバナル)がいるのといないのとではやっぱり違うよな。
 最後の選択肢は今いる村へ戻るものと作戦を続行するものに分けるというやつだ。
 僕は最後のやつにしようと思っているわけだけど、問題はどう分けるかなんだよ。

「兵糧の焼討ちは村の防衛戦術の要だから諦めるという選択はない。けれど、村の戦闘も心配なんだ」

 僕が決断できない理由をラバナル以外がしっかり受け止めてくれる。

「お館様」

「なんだ?」

「遊軍にキャラバン隊が出ていましたよね」

 お、おおっ!
 いた!
 主戦力の三人を外に放しているんで作戦に組み込んでいなかったからすっかり忘れてたよ!
 オギン、えらい!
 よく思い出してくれた。

「どこにいる?」

「おそらく隣村側の野営地周辺に」

 町と村を結ぶ街道は徒歩で三日。
 途中二箇所に野営用の空き地がある。
 そこにいるとか、今回はあてにしていなかったとはいえ、ちょっと離れすぎなんじゃない?
 いや、夜営の炊事や暖をとる火を熾せば煙が上がる。
 それを考慮しての位置どりなのかもしれないな。
 タイミング次第だけれど、効果的な奇襲が計画できるかもしれない。

「オギン、そこまで行くのにどれほどの時間がかかる?」

「明け方までには探し当てます」

 いやいや、歩いて一日半の距離だぞ?
 どんだけ無理するつもりでいるんだ?

「ラバナル」

「なんじゃ?」

「人の動きを早くする魔法なんてないかな?」

「あるぞ。ただし、副作用というか魔法が切れた時にどっと疲労が押し寄せるという欠点があるがの」

 一種のドーピングなのか?

「効果時間は?」

「加速のつけ具合にもよるが……」

「どれほど速く動けるようになるんです?」

「陣の描き方次第じゃろうが、三倍くらいには」

「では、それでお願いします!」

 おいおい、いいのか?

「その速度では一時間がいいところじゃ。それ以上は体が持たん」

「……効力が半日は続くようにするとすれば、どれほどの加速がつけられるのでしょう?」

「ふむ、半日……二割増し、いいとこ三割増しかの」

「では、それでお願いします!」

「オレにもお願いします!」

「え?」

「オギン一人では不測の事態に対処できないかもしれないじゃないですか」

 いや、そうかもしれないけど……ええい、仕方ない。

「判った。オギンとサビーで、作戦続行。兵糧を焼いてのち、キャラバン隊を探し出し、背後から敵陣を急襲せよ!」

「はい」

「ただし、急襲は町との戦闘中である場合のみ。一撃離脱ですぐに森へ逃げ込むことと。ジョーなら無理はしないと思うが、効果的な奇襲ができないようならする必要はないぞ」

「かしこまりました」

 二人はラバナルに加速(アクセル)の魔法をかけてもらい、暗闇の中に消えていった。
 いやいや動画の再生速度調整したみたいな動きだったねぇ。

「ラバナル」

「ワシらにもかけろというのじゃろ? まったく人使いの荒い男じゃのぅ」

 僕はにやりと笑うだけ。
 ラバナルは三人に五割増し加速の魔法陣を描きつけて、行きと同様に消音と灯りの魔法も行使する。

「町へ着いたら寝るぞ」

 うん、明日のためにその方がいい。
 僕らは音も立てずに元来た道を引き返した。
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