第261話 親娘宿を救え 1

文字数 2,162文字

 城下町を後に僕らは一路難関門を目指して歩く。
 難関門は今や軍事防衛機能よりオグマリー区からヒロガリー区、ハングリー区へと旅するものたちの中継拠点としての性格を強め、旅籠(はたご)がいくつも建てられている。
 旧ズラカルト男爵領全域を手中に収め難関門の軍事的重要性は低下したとはいえ、なにがあるか判らない戦乱の時代だ。
 最終防衛ラインとしての難関門の機能が損なわれるのを黙って見ていていいわけがない。
 あまりに急ピッチで開発が進められる様子を見て去年、無計画な民間開発の無期限停止措置を発令して現在開発計画を策定中という状況になっている。
 そのため需給バランスが大きく崩れていて、商人を中心に不満が溜まっていると聞いている。
 難関門に到着したのは日が傾きはじめた頃。
 さて、今日泊まる宿はどこにしようかと探しはじめて愕然とした。
 まだ日暮れにはずいぶんと間があるというのにどこも満室なのだという。
 なるほど、これは不満に思っても無理はない。

「これは困りましたね、若旦那」

 旅慣れているスケさん(ブロー)カクさん(ノーシ)と違って、初めての遠出であるハッチ(ベハッチ)は今晩の泊まる宿がないということで途方に暮れている。
 宿場街をさまよっていると、町のはずれのこぢんまりとした宿の前に来た。

「若旦那、ここが最後ですね」

 と、ハッチが言う通り、ここで断られたら今日は野宿を覚悟しなきゃならない。

「ごめんよ」

 玄関を入ったハッチが奥に声をかけると、若い女性の声が聞こえてきてそれほど間をおかずに少しやつれたまだあどけなさが残る女性が出てきた。

「こちらに泊めていただきたいのですが、部屋は空いてますか?」

 と、カクさんが訊けば

「空いていますが……よろしいのでしょうか?」

 と、訊ね返される。

「ここは宿屋じゃねぇのかい?」

「あ、いえ。宿屋ではあるんですけど……」

 ずいぶんと歯切れの悪い、奥歯に物が挟まったような物言いだ。
 そこに娘の父親らしいこれも疲れた顔した四十がらみの男が出てくる。

「オーミッツ、どうしたんだい?」

「おとっつぁん、うちに泊まりたいって方たちが」

「宿はどこも満員らしく泊まるところがないので、もしよろしければ今晩一晩ご厄介になりたいんですが」

「うちの噂は聞いていないんですか?」

「噂、ですか?」

「ええ、野宿の方がマシだと後悔されるかもしれませんが、それでもよろしければ」

 なんか、泊まらせたくない感満々なんだけど、こうなると是が非でも泊まってみたくなるんだよね。

(悪い癖ね)

「ぜひよろしくお願いします」

 と、頭を下げると困惑の表情で互いに顔を見合わせる親娘。

「では、こちらへどうぞ」

 と、娘に案内されたのは掃除の行き届いた五人部屋だった。
 街道に宿場町を整備する際、僕が江戸時代の宿場町を参考にしたためか僕の手を離れた後も多くの建物が木賃宿や旅籠など江戸時代風の宿泊施設として設計されいる。
 この宿も二階に五人部屋が三つと大広間、三階には二、三人用の部屋が三室あるという。
 三階の部屋はベッドルームになっているけれど、二階の部屋は板敷で毛布にくるまって好きなところに寝るなにもない部屋になっている。
 他の宿も大小あれど、大部屋と金持ち用の個室という部屋割りになっていることに変わりはない。
 板敷の部屋は客が多ければ相部屋となり、客は雑魚寝を強要される。
 ここ以外の宿はどこも受け入れを断ったくらいなのだからきっと雑魚寝もできないほどのぎゅうぎゅう詰めなんだろうに、ここはチラリと盗み見た他の部屋にも客が入っている様子は見られなかった。
 この規模の宿でも五、六十人は詰め込めるんじゃなかろうか?

「お夕飯はいかがなさいますか?」

「出してもらえるのなら、お願いします」

「ろくなものはありませんが、よろしいですか?」

「ええ、食べられるのならばありがたく」

「それでは、支度が出来上がりましたらお持ちします。どうぞごゆっくり」

 と、階下に降りて行く。
 娘が下に降りたのを確認してカクさんが言う。

「部屋だけでなく廊下の隅まで掃除が行き届いているし、娘の応対も丁寧で好感が持てる。こんな宿でどうして閑古鳥など鳴いているのでしょうか?」

「確かに気になるな」

「スケさん、カクさんでも宿場に判らないことがあるんだな」

「そりゃあ、宿場に泊まるときはジョー(オヤジ)がすべて手配してくれているし、うちのキャラバンは大事な荷物を守るために野宿することの方が多いですからだいたいは宿場町を素通りなんですよ」

「そうなのか」

「ここに宿をとったんですか、探しましたよ」

 と言いながらヤッチシが窓から入ってくる。

「さすがはお館……いや、若旦那だ」

「なにがさすがなんだ?」

「知らないで泊まっているんですかい? いやはや」

「ヤッチシ、なにを知ってるんだ?」

「へい、実はここの宿なんですがね……」

 ヤッチシが語るところによれば、今この宿は悪徳な商人によって嫌がらせを受けているのだと言うことだった。
 どうやら僕が新規の建設を止めたことで、地上げにあっているらしい。
 なんてことだ。

「ひどい話だな」

 と、スケさんが憤る。

「僕のせいなら僕がなんとかしなきゃいけないな。少し長逗留になるけど、みんないいかい?」

 四人の顔を見回すと、みんなそれぞれに頷いてみせる。
 単なる漫遊のつもりだったのに、世直し旅になりそうだな。
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