第96話 考えた末だったはずなのに

文字数 2,770文字

 ロットに僕の代行を押し付けて五日ほど様子を見た。
 もちろんルビレルをその補佐につけて。
 僕もオブザーバーとしてアドバイスはしたけど、最終決断は彼に任せた。
 その結果、多少決断が遅いきらいはあったけど、町の運営に支障が出るようなことはなさそうだとの結論に至った。
 六日目、僕は二人に町の運営方針を指示して、完全に後を任せることにする。
 七日目、町の諜報にザイーダを残して、ホルスの世話をしているチローに良さげなホルスを三頭選んでもらってルビンスとオギンを供に旅立つ。

「嫁探しもお願いしますね」

 と、笑いながらいうサビーと、なぜか寂しそうなクレタが見送りに出てくれた。
 嫁取りねぇ……。
 旅の支度はオギンに任せ、僕はいくつかの魔法の道具と冬の間試作を重ねてきた紙を背負う。
 魔法の道具といえば冬の間、ラバナルと弟子のチャールズにいくつかの新しい魔道具を開発してもらった。
 改良型の飛行(エア)手紙(メール)は僕の館宛ではなく特定個人に届くようにしてもらったもので、当面は僕に届くようにしてもらっている。
 というか、ようやく僕個人に送れるようになったというか、他の人ではテストしていないというか、なかなか複雑な魔法陣のようだ。
 ともあれこれで僕がどこにいても政治的判断を僕に仰ぐことができるようになったわけだ。
 従来型も僕の館以外にルダーの代官屋敷宛の飛行手紙も作ってもらった。
 これで町と村は有事の際にすみやかに連携ができるようになる。
 本当は電話(テレフォン)を開通したいところなんだけど、あれは魔力が必要なんで村側に使える人材がいないんだよね。
 その飛行手紙は僕が二十枚を背負い袋に背負っている。
 村についたらルダーに渡す予定だ。
 そして結界の寝袋(スリーピングバッグオブザバリア)
 寝袋に入ることを発動条件に攻撃意思、敵意を持った相手が十五シャル以内に入ると知らせてくれるという優れものだ。
 残念ながら込められる魔力量の関係から三泊分の効力しかないのが欠点だ。
 魔法使いなら魔力をチャージできるそうだけど、魔法使いは絶対数が足りない。
 なぜこんなものを作ってもらったかというと道中に一箇所、グフリ族のテリトリーがあるからだ。
 グフリ族は夜行性でたびたび旅人を襲うことで知られているのだそうだ。
 それだけ聞くと元日本人的には討伐対象のモンスター扱いしそうなところなんだけど、彼らは縄張り意識が強く排他的なところがあるだけで、人と交易もする種族なんだそうだ。
 厄介なのは人族のように明確な領域を主張しないところ。
 ぶっちゃけその時の気分でテリトリー主張するってことだ。
 前の日に問題なかったところで次の日には襲われたり、以前襲われた場所で「ここはテリトリーじゃないから」と気さくに語らったりするという。
 領土意識が明確な人族には理解しがたいはた迷惑なテリトリー意識だけど、それが異種族交流というやつだと言われれば仕方ない。
 前世でも野生動物とはそういう折り合いでやっていた。
 ここでは言語による意思疎通ができる存在が人族以外にいるだけ。
 ホルスに乗っていれば一日で隣村までつけるんだけど、視察も兼ねて今日は第一宿場町で一泊することにしている。
 途中で街道整備のカイジョーたちと出会って以降はびっくりするくらい道幅が広くて進みやすい。
 いやあ、いい仕事してますねえ。
 まだ日の高いうちに到着すると十七人総出で出迎えてくれた。
 宿場町とはいうが、立派すぎる宿が二つあるだけの総人口四家族十七人の集落だ。
 街道整備の作業員も逗留しているが、さっき会ったばかりだし彼らはまだ帰ってきていない。
 まだ、役割の割り振りもできていないようで、みんなで手分けして仕事をしている。
 まぁ、僕らが最初の客なんだから当然か。
 宿賃も設定してないくらいなんにも決まっていなかった。
 この世界、村々では村長の家に泊めてもらえることもあるようだけれども基本的に旅は野宿のようで、「宿」があるのは大きな町くらいなのだとルビンスが教えてくれた。
 あ・こりゃだめだ。
 僕は急遽前世知識とオギンの知識を突き合わせて宿賃の設定から宿場の差配まで整えることになった。
 まず宿賃だ。
 オギンによると、商都ゼニナルで宿泊した時の値段がビジネスホテルのツインルーム的なところで一泊二食付き一人五百銅貨(コッポ)
 高っ!
 日本なら温泉旅館でいいとこ泊まれる金額だぞ、それ。
 ぼったくりもいいとこじゃないか!
 そうか、宿にランクをつけるべきだったな。
 つい、時代劇の感覚で旅籠(はたご)的な宿を作らせちゃったけど、()(ちん)宿(やど)も必要だったんだ。
 なぜ、そこに思い至らなかったんだろう?
 こう見えて前世じゃ歴史オタクだったのに。
 まぁいい。
 町での相場感からいくと一泊二食付きなら二百から三百銅貨ってとこだろうけど、他所(よそ)から来た人はおおむね金を持っていなかった。
 そういう世の中だ。
 そういったとこを全然考慮に入れてなかったじゃないか。
 まいった……。
 江戸時代初期辺りまでは自分で食材を用意する素泊まりの宿が多かったそうで、その飯を炊くのに()代金(ちん)を払ったことから木賃宿と呼ばれる。
 対して旅籠は基本一泊二食付き、いいところはチェツクアウトの際に道中で食べる昼の弁当を出してくれたという。

「木賃宿を建てなきゃだめだな……」

 と呟いたら、

「それ、オレが建てます。そこ、そのままオレが主人でいいですかね?」

 そういったのは、ここが気に入ったといって町から奥さんを呼んで住み着いた元建設作業員。

「客用の炊事場があって雨風しのげりゃいいんですよね?」

「ああ。ただこの辺は冬は寒いからちょっと考慮しなきゃ凍死する客が出かねないぞ」

「そこはオレも心得てますよ」

 っていうなら大丈夫だろう。

「で、薪の値段って五銅貨でいいですか?」

 町での薪の相場がそんなもんだったっけ? 町長特権で炭しか使わないんでよく判んないや。

「そうだね、自給自足で暮らすんなら原価販売もいいけど、薪を用意するのだって一苦労だろうし、宿の掃除洗濯だって結構重労働だろ?」

「じゃあ、十銅貨ってことで」

 原価率五割は前世感覚だと高いけど、こっちじゃまだまだそんなもんか。
 むしろ利益乗せすぎとか言われそうだ。
 そのほか諸々も差配しているうちに日が暮れて、カイジョーたちが帰ってきたのでみんなでちょっとした宴会になった。
 ペギーによれば、毎日こんな感じなんだという。
 (はん)()かよ。
 宴のあと、僕は宿のスイートルーム的なところで酔いでフラフラする中、ロットとチャールズ宛に手紙を書く。
 ロットには生活物資の補給のお願いを、チャールズには宿場町が使う用の飛行手紙を用意してもらうためにだ。
 頭がクラクラする中紙飛行機に折った飛行手紙は、なんだか僕の視界のようにフラフラと街へ向かって飛んでいく。

 …………。

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