第60話 苦労の種は尽きません

文字数 2,495文字

 (はら)が決まれば行動は早い。
 その日の夜には村人全員を緊急集会に招集して昼の一件を報告する。
 村の人口は八十に近い。
 キャラバン不在でさえだ。
 キャラバンの隊員を含めれば優に百人を超える。
 そんな村人が口々にざわめくのだからなかなか収拾がつかない。
 ここは一番、声の大きなガーブラに騒ぎを納めてもらおう。

「あー、静かに、静かにっ!」

 すげーでけー声で突然言われたので、中央広場はしんと静まりかえる。
 先生に一喝されてしゅんとなる児童みたいだ。

「みんなにも色々意見はあると思うけど、村は当初から自治独立を目指していた。この件については一応全員説明を受けていたと思う」

 説明を受けていたからと言って納得していたとは限らない。

「王国の北西の僻地に隠れ里的な村があるらしい」

 的な噂を頼りに戦火を逃れてきたような人たちが、

「すわ、男爵が徴税に来たから武力で追い返すぞ」

 なんて言われても

「おいおい待ってくれ、俺たちは戦いから逃げてきたんだ。おとなしく税を払ってなにが問題なんだ?」

 とか思っても仕方ない。
 でも、納税したからと言って安泰なんてありえない。
 『ご領主様』の要求なんてエスカレートするのが前提だ。
 やがて税額が高騰する。
 戦ってのはとにかく金がかかるものだ。
 前世日本では米本位制の期間が長くて歴代政府は主に米で税を徴収していた。
 教科書では江戸時代の年貢は一般に五公五民と教わった。
 実際には中期以降四公五民だったみたいだけど、実に収穫量の半分を徴収されていたことになる。
 ところが安土桃山時代、例えば有名な太閤検地後の年貢率は基本「領主が三分の二」という法令が出ていた。
 戦国の時代が収束してなお、三分の二も持って行かれていたのだから、戦国期はどれだけ取られていたか判ったもんじゃない。
 もちろん、地域によって条件も違っていて、穀倉地帯なら五公五民だったかもしれないけど、土地の痩せたところでは八割持って行かれていたかもしれない(逆に豊かなところからたくさんとって貧しいところは減免という話も考えられる)。
 そりゃあ、各地で一揆が起きるわけだよ。
 それだけじゃない。
 戦が続けば戦闘員が不足する。
 最初は家の子郎等だけで戦っていた武士も農民兵を徴収しだす。
 いわゆる足軽だ。
 ちなみに、こっからは歴史オタク的うんちくなんだけど、『足軽』の記述は平家物語にすでにあるんだ。
 当時の足軽は戦闘員ではなく後方支援部隊として()(ちょう)や陣の設営を担当していたらしい。
 源平合戦の頃は「やあやあ我こそは……」でお馴染みの一騎打ちの時代だったから通常は直接戦闘に参加しなかったんだろう。
 それが『悪党』の戦力となり、集団戦の時代の重要戦力として組み込まれる。
 まさに「戦さは兵力ですな」だ。
 もちろんこれは日本の事例であって、異世界の話だ。
 けど、人の歴史なんて似たようなもんだろ。
 今は志願兵で揃えられている各領主の戦力もいずれ徴兵で揃えられることになる。

 ──というのが僕の見立てなんたけど、こんな前世知識をもとにした分析で村人を説得できるわけもない。
 ないんだけど僕には、もう一つの知見がある。
 オギンやジョーたちが持ち込む情報だ。
 今年になって村に来た人たちの体験も侮れないよ。
 そう言った様々な情報を出し、出させて自分たちが置かれている状況を理解してもらう。
 議論は深夜まで及んだ。
 こういう危機を煽るやり方は、さじ加減を間違えると暴発するんでできれば使いたくないんだけど、効果的なのも事実なのよね。
 ということで、村は秋の徴収まで面従腹背を通し領主に対して叛旗を翻すことになった。

「去年の野盗との戦いは村の男のほとんどが戦闘に参加したわけだけど、今回はどうしようね」

 と、サビーに訊ねると

「弓師と矢師は外してください」

 と、明確だ。

「他の職人も大事ですが、武器の調達・メンテナンスは最重要です」

「それをいうなら、ジャリもじゃないのか?」

「殴ればある程度ダメージを与えられる剣と違って、飛び道具は命中精度に響きます。それに、率直に言ってジャリ程度の鍛治師ならいくらでも調達できます」

 手厳しいな。
 事実だけど。
 今ではジャリも武器として実用に耐えるものを作れるようになった。
 この村の主兵装は槍だし、その穂先としては必要十分だ。
 けど、剣の方は「これはいい!」と言えるほどのものを作れていない。

「それより、弓隊の人数が足りません」

 そこよね。
 弓が使えると言えるのはサビーたち主要戦力の他は四、五人。
 ガーブラは白兵戦の中心に置きたいし、ザイーダにはオギンと同様に僕のそばで伝令や諜報に回したい。
 塀に囲まれた村にこもっての戦闘だとしても弓の撃ち合いだけで勝負が決まるわけがないから、サビーにもイラードにも白兵戦に参加してもらいたいところだ。
 でも、そんなことしたら今度は射手の絶対数が足りなくなる。
 命中精度も心許ないのに数撃ちができないんじゃ意味がない。
 むーん……。
 所詮農民兵団ってことだよねぇ。

「女性陣に弓のできるのはいないの?」

「女を戦さに駆り出すんですか?」

 む〜ん……まだ文化レベルがその位置なのだね。
 確かに白兵戦で力勝負とかなったら圧倒的不利だろうけどさ、弓ならいいんじゃないかなぁ?
 強弓が引けなくてもいいんだよ。
 命中精度も並なら十分だ。

「声をかけるくらいいいだろ?」

「お館様がそうすると言うなら従いますがね」

 不服そうだな。
 オギンだってザイーダだって女だろうに。
 話題を変えるか。

「防具の方はどうなってる?」

 この国の基本防具は鎖帷子(チェインメイル)だ。
 そんなもの作る技術はない。
 だから革の鎧を作った。
 (にかわ)を溶かしたお湯に浸した革を重ねて叩いて接着し鎧の形に成形して乾かすとあら不思議、胴鎧の完成だ。
 ないよりまし、ないよりまし。

「なかなか大変な作業とかで、秋までに十領揃えられるかどうかと言うことです」

 同じ作り方で、木の板に革を張った盾も作らせているし、人数分なんてとてもじゃないけど揃えられないか。

「その十領も革の確保ができてないんですけどね」

 なんと!? 毛皮不足か!
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