第265話 乗合ホルス車に乗って街道を進む
文字数 2,660文字
かくて難関門警備隊長ミッツァミと地上げ屋ガンジャの悪行は白日の下に晒された。
ミッツァミは一兵卒に降格となり、ハングリー区の対アシックサル季爵最前線である砦へと左遷され、ガンジャ一党は余罪吟味のためにオグマリー町の牢へと連行された。
オグマリー町長テッチャーは今回の事件に責任を感じているようだったけれど、本人に犯罪関与の事実のない中であたら有意な人材を任命責任だけで更迭するわけにもいかないから、厳重注意と難関門前町の整備を最優先させることを懲罰とする。
「テッチャー、難関門はオグマリー区の最重要拠点だ。片手間では困る。今回のような監督不行き届きが常態化するようなら、職責をまっとう出来ないと判断せざるを得ない。オグマリー町行政と難関門の管理が両立できないというのなら、そう言え」
「は。テッチャー、肝に銘じて双方をお館様のご満足いただけるように差配致してまいります。この度はお手を煩わせてしまい、誠に申し訳ございませんでした」
僕は警備隊長の後任人事や宿場の暫定法規制の処理を見届けるために二日程、逗留を続けることになる。
もちろんその間は親娘の宿に泊まったわけだけど、初日より二日目、二日目より三日目と食事の内容がよくなったし、地上げの嫌がらせがなくなったことで宿の客が増えて活気が戻るのを見届けることができた。
親娘だけでは手が回らなくなるという心配も、元の従業員が戻ってきたことで解消した。
彼らもガンジャたちの犠牲者だったらしく、ガンジャの宿がお取り潰しになったことで過酷な労働から解放され、嬉々として働いている。
やっぱり労働はきついだけじゃダメだよな。
どこかに楽しみがなくちゃ。
そうそう、ガンジャの経営していた宿が宿場には三軒あったのだけど、地上げで奪われていた二軒は元の経営者に戻された。
どちらの宿も取り上げられてから半年と経っていなかったことが幸いして、どちらの経営者も宿場にいたようだ。
当面の経営資金はガンジャから没収した資産から出ているので真面目に運営していれば程なく軌道に乗るだろう。
元々経営していた宿は競売にかけることにした。
「お館様。本当に、本当にありがとうございました」
いよいよ出発となった朝、親娘と二軒の宿の関係者たちが見送りにホルス車の駅に集まってくれた。
「いやいや、治安の悪化は領主としても困ること。当然のことをしたまで。それよりも、せっかく悪者を退治したのだから、今後は力を合わせて宿場を盛り上げてくれ。それが恩返しだと思ってくれればいい」
「はい、きっと、きっと領内一番の宿場にして見せます」
と、力強く胸をたたくオーミッツちゃんにハッチが
「これからますます繁盛するんだとしたら、早いとこいい婿さんを見つけてお父っぁんを楽させてやらなきゃな」
なんて言う。
「やだ、ベハッチさん」
と、肩をバシッと叩かれよろめくハッチに一同が和んだところでシャンシャンとホルス車への乗り込みを促す鈴が鳴る。
名残惜しいけどどうやら時間のようだ。
「それじゃあスケさん」
「はっ」
「カクさん」
「はい」
「行きますか」
乗り込んだホルス車はギラン乗合ホルス車の定期便で、蒸気機関アシストつきの十人乗り客車が二台連結されている。
客車には護衛を兼ねた乗務員が二人ずつ乗っているので十六人乗りってことになるのかな?
これだけの設備と人員を用意するとなると、やっぱりそれなりの費用がかかるだろう。
その経費をたった十六人の客から徴収するとなれば、なるほど庶民にはなかなか利用しにくい料金設定なのも仕方ない。
それでも採算が取れていて事業も拡大できているんだから、ギランってなかなかどうして商才があるんだな。
出発すると昼休憩と徒歩旅のための宿場での休憩を挟んで旧村で一泊、翌日次の旧村の駅で停車して旧町中心部に設置した終着駅へと至る一泊二日の旅である。
ちなみに、ズラカルト男爵支配下だった頃の町と村は、町を中心に町の衛星村だった周辺域をひとまとめにした新たな行政区「町」へと再編している。
これは、オグマリー区でとった行政再編政策を踏襲したものだ。
この辺の街道はこの二年で整備が進んでいる。
道幅はホルス車がすれ違えるほどに拡幅されていた。
乗合ホルス車に乗れない徒歩旅の人たちも結構いるし、行商のキャラバンにも何度かすれ違った。
「思った以上に発展が早いんだな」
と、呟いたのを後ろの席の男が耳に留めたらしい。
「お若いの、お前さんオグマリー区を出るのは初めてかい?」
「え、ああ……まぁ」
と、とりあえず濁しておこう。
「お前さんの言う通り、たった二年でたいした変わりようなんだ。機械ってやつで木を切ってな、また別の機械で根っこを掘り起こしてさらに別の機械で地面をならしちまうんだ。あっという間なんだぜ」
僕より十歳くらい年上だろうか? 男は楽しそうにその様子を話してくれる。
どうやら、賦 役 で道路工事に携わっていたらしい。
木を切る機械ってのは蒸気機関を使ってノコギリを引く自動ノコギリのことだろう。
ルダーとチカマックはなんとしてもチェーンソーを開発したがっているけれども、いまだに大木が切れるほどのチェーンソーの開発にはいたっていない。
そもそもチェーンソーの機動力、取り回しのよさは内燃機関あってのものだ。
いまだに開発にいたらない内燃機関なくして生まれるチェーンソーなんて今の自動ノコギリと大差ない。
地面をならす機械ってのは、蒸気機関で地面を掘り起こすブルドーザーと地面を踏み固めるロードローラーのことだと思う。
これらのおかげで飛躍的に道路整備が進んでいる。
アスファルトを敷くわけじゃないから一日に何百メートルと進めることができるんだ。
現在ブルドーザを十台、ロードローラーは四台所有している。
もちろんフル稼働しているけれど、街道再整備のオグマリー区とオグマリー区から直接つながるヒロガリー区を優先整備しているためズラカリー区の七割、ハングリー区内の四割が未整備だ。
もちろんオグマリー区もヒロガリー区も整備完了まで至っていない。
だから計画では来年中に倍の台数を生産する予定になっている。
たった十年前はツルハシとモッコの人力で整備していたってのにね。
昼食休憩をとり、宿場で休憩を兼ねた乗客の乗り降りがあり、予定通り今日の目的地である旧村の駅に到着したのはまだ夕日の沈みきらない夕暮れ時だった。
今日の宿泊はこれもギラン乗合ホルス車指定の宿、ギラン第一ホテル。
……商売上手いな。
ミッツァミは一兵卒に降格となり、ハングリー区の対アシックサル季爵最前線である砦へと左遷され、ガンジャ一党は余罪吟味のためにオグマリー町の牢へと連行された。
オグマリー町長テッチャーは今回の事件に責任を感じているようだったけれど、本人に犯罪関与の事実のない中であたら有意な人材を任命責任だけで更迭するわけにもいかないから、厳重注意と難関門前町の整備を最優先させることを懲罰とする。
「テッチャー、難関門はオグマリー区の最重要拠点だ。片手間では困る。今回のような監督不行き届きが常態化するようなら、職責をまっとう出来ないと判断せざるを得ない。オグマリー町行政と難関門の管理が両立できないというのなら、そう言え」
「は。テッチャー、肝に銘じて双方をお館様のご満足いただけるように差配致してまいります。この度はお手を煩わせてしまい、誠に申し訳ございませんでした」
僕は警備隊長の後任人事や宿場の暫定法規制の処理を見届けるために二日程、逗留を続けることになる。
もちろんその間は親娘の宿に泊まったわけだけど、初日より二日目、二日目より三日目と食事の内容がよくなったし、地上げの嫌がらせがなくなったことで宿の客が増えて活気が戻るのを見届けることができた。
親娘だけでは手が回らなくなるという心配も、元の従業員が戻ってきたことで解消した。
彼らもガンジャたちの犠牲者だったらしく、ガンジャの宿がお取り潰しになったことで過酷な労働から解放され、嬉々として働いている。
やっぱり労働はきついだけじゃダメだよな。
どこかに楽しみがなくちゃ。
そうそう、ガンジャの経営していた宿が宿場には三軒あったのだけど、地上げで奪われていた二軒は元の経営者に戻された。
どちらの宿も取り上げられてから半年と経っていなかったことが幸いして、どちらの経営者も宿場にいたようだ。
当面の経営資金はガンジャから没収した資産から出ているので真面目に運営していれば程なく軌道に乗るだろう。
元々経営していた宿は競売にかけることにした。
「お館様。本当に、本当にありがとうございました」
いよいよ出発となった朝、親娘と二軒の宿の関係者たちが見送りにホルス車の駅に集まってくれた。
「いやいや、治安の悪化は領主としても困ること。当然のことをしたまで。それよりも、せっかく悪者を退治したのだから、今後は力を合わせて宿場を盛り上げてくれ。それが恩返しだと思ってくれればいい」
「はい、きっと、きっと領内一番の宿場にして見せます」
と、力強く胸をたたくオーミッツちゃんにハッチが
「これからますます繁盛するんだとしたら、早いとこいい婿さんを見つけてお父っぁんを楽させてやらなきゃな」
なんて言う。
「やだ、ベハッチさん」
と、肩をバシッと叩かれよろめくハッチに一同が和んだところでシャンシャンとホルス車への乗り込みを促す鈴が鳴る。
名残惜しいけどどうやら時間のようだ。
「それじゃあスケさん」
「はっ」
「カクさん」
「はい」
「行きますか」
乗り込んだホルス車はギラン乗合ホルス車の定期便で、蒸気機関アシストつきの十人乗り客車が二台連結されている。
客車には護衛を兼ねた乗務員が二人ずつ乗っているので十六人乗りってことになるのかな?
これだけの設備と人員を用意するとなると、やっぱりそれなりの費用がかかるだろう。
その経費をたった十六人の客から徴収するとなれば、なるほど庶民にはなかなか利用しにくい料金設定なのも仕方ない。
それでも採算が取れていて事業も拡大できているんだから、ギランってなかなかどうして商才があるんだな。
出発すると昼休憩と徒歩旅のための宿場での休憩を挟んで旧村で一泊、翌日次の旧村の駅で停車して旧町中心部に設置した終着駅へと至る一泊二日の旅である。
ちなみに、ズラカルト男爵支配下だった頃の町と村は、町を中心に町の衛星村だった周辺域をひとまとめにした新たな行政区「町」へと再編している。
これは、オグマリー区でとった行政再編政策を踏襲したものだ。
この辺の街道はこの二年で整備が進んでいる。
道幅はホルス車がすれ違えるほどに拡幅されていた。
乗合ホルス車に乗れない徒歩旅の人たちも結構いるし、行商のキャラバンにも何度かすれ違った。
「思った以上に発展が早いんだな」
と、呟いたのを後ろの席の男が耳に留めたらしい。
「お若いの、お前さんオグマリー区を出るのは初めてかい?」
「え、ああ……まぁ」
と、とりあえず濁しておこう。
「お前さんの言う通り、たった二年でたいした変わりようなんだ。機械ってやつで木を切ってな、また別の機械で根っこを掘り起こしてさらに別の機械で地面をならしちまうんだ。あっという間なんだぜ」
僕より十歳くらい年上だろうか? 男は楽しそうにその様子を話してくれる。
どうやら、
木を切る機械ってのは蒸気機関を使ってノコギリを引く自動ノコギリのことだろう。
ルダーとチカマックはなんとしてもチェーンソーを開発したがっているけれども、いまだに大木が切れるほどのチェーンソーの開発にはいたっていない。
そもそもチェーンソーの機動力、取り回しのよさは内燃機関あってのものだ。
いまだに開発にいたらない内燃機関なくして生まれるチェーンソーなんて今の自動ノコギリと大差ない。
地面をならす機械ってのは、蒸気機関で地面を掘り起こすブルドーザーと地面を踏み固めるロードローラーのことだと思う。
これらのおかげで飛躍的に道路整備が進んでいる。
アスファルトを敷くわけじゃないから一日に何百メートルと進めることができるんだ。
現在ブルドーザを十台、ロードローラーは四台所有している。
もちろんフル稼働しているけれど、街道再整備のオグマリー区とオグマリー区から直接つながるヒロガリー区を優先整備しているためズラカリー区の七割、ハングリー区内の四割が未整備だ。
もちろんオグマリー区もヒロガリー区も整備完了まで至っていない。
だから計画では来年中に倍の台数を生産する予定になっている。
たった十年前はツルハシとモッコの人力で整備していたってのにね。
昼食休憩をとり、宿場で休憩を兼ねた乗客の乗り降りがあり、予定通り今日の目的地である旧村の駅に到着したのはまだ夕日の沈みきらない夕暮れ時だった。
今日の宿泊はこれもギラン乗合ホルス車指定の宿、ギラン第一ホテル。
……商売上手いな。