第104話 懐に飛び込んできた窮鳥

文字数 1,875文字

「ごめんなさい」

 僕の上に倒れ込んだ少女はハスキーな声でそういった。
 身分が高いのか走りにくそうな格好だ。

「サラ様っ」

 護衛なのか、がたいのいい男が声をかけてくる。
 すでに怪我だらけのようだ。

「追われてるのか?」

「え? ええ……」

「オギン、ルビレル」

「承知」

 オギンはサッと目の前から姿を消す。

「なにをすれば?」

 そうだよな、なにをするのが最善だ?

「繁華街は?」

「こちらです」

 ルビンスが先導に立つ。

「お前たちは」

 護衛の男が問う。

「詮索してる暇ある?」

「む……」

 襲ってくるやつが迫っているのに護衛は一人、素性は判らなくても助けてくれるというやつの提案。
 さて、のるかそるか?

「任せた」

「ダイ!?

 腹が据わってんな。
 つーか、覚悟を決めた、か。

「このジャン・ロイ、あなたに代わって守り通そう」

 ダイと呼ばれた護衛がうなずいたのを確認した僕は、サラと呼ばれた少女の手を引いてルビンスの後を追う。
 背後から戦闘の音がする。
 立ち止まり、振り返ろうとするサラを少し強引に引っ張りメインストリートに出る。
 ひとまず人混みに紛れることには成功したけど、サラのこの格好は庶民の中だとやっぱり目立つ。

「服屋は?」

「さぁ」

 ルビンス、使えない。

「こちらです」

 オギンの声が背後から聞こえる。
 ますますかげろうのお銀じみてきた。

「オギンより地味に見繕え」

「かしこまりました」

 二人を店に突っ込むと、ルビレルと二人店先で待つ。
 追手は見ていないが、人探しの物騒な人物という見立てで周囲を警戒する。
 二人が出てくるまでに四半時間あったけれど、それらしいのはいなかった。
 オギンの先導でなるべく人通りの多い道を選びながら宿へ戻る。

「ルビンス様、警戒しすぎです」

「す、すまない……」

 こういう時、生真面目な人物は不器用だ。

 宿に入ると、女将のジャイコがなにも言わずに部屋へ上がらせてくれた。
 サラをオギンの部屋へ入れると、オギンが僕らの部屋へくる。

「報告を」

「はい、襲撃者は数えた限り二十七人。大半は討ち取られ、残りは五人。味方とみられる護衛は四人、残念ながら全員……」

「そうか」

 二十七対四でよく守り抜いたよ。

「サラを呼んできてくれないか」

「かしこまりました」

 部屋に入ってきたサラは憔悴しきった表情でうつむいている。
 たぶん、護衛全滅が判っているのだろう。
 年の頃は十代、僕とあまり変わらないだろう。
 体のラインがまったく判らない今の庶民服はともかく、出会った時の衣装から考えて細い感じのコだ。
 下敷きにされた時もそんなに重みを感じなかったしな。
 髪は適当に切られたようなおかっぱなので、長い髪をなんらかの事情でつい最近バッサリ切ったんだろう。
 笑うと愛らしい表情になるだろう好みの顔立ちだ。

「さて、僕はジャン・ロイ。二人はルビンスとオギンだ」

「……サラです」

「君を守り通すとダイと約束したわけだけど、訳も判らず守り通すのは難しい。事情を説明してくれないか?」

 長い沈黙が続き意を決したサラは改めて自己紹介してくれた。

「王位継承権第九位だったフラタイ・マグタンの一人娘サラ・マグタンです」

 あー、もう伏線回収しちゃうのね。

「サラ自身の継承権は?」

「百六十二、三位だったかと」

 いやいや、どこまで継承権広げてんの!?
 そりゃあ国も乱れますがな。

「今は二十番手くらいですね」

 と、オギンがいう。
 えっと、つまりざっと百三十人位亡くなっちゃってんのね?
 ルビンスの補足によると、ソクタンカ仲爵が自分が庇護していた王位継承権を持っていたかも怪しいヨワーネという王族を討って以降、王族が次々と討たれているという。
 自力で領土を守っている王族は現在一応戴冠している簒奪王(さんだつおう)と三人の(せん)(しょう)(おう)のみ。
 みんな正当性は疑わしい。
 血縁・姻戚関係にある一部貴族は継承権者を庇護してそれを大義名分に覇を唱え、それ以外の貴族は下克上を狙って王族の血縁者を見つけては討つという情勢らしい。
 継承権を持つ王族は今や三十人位とのことだ。
 それでもまだ結構多くない?

「で、誰の庇護下にもいないサラは粛清対象として狙われている。という認識でいいのかな?」

「はい。父が不慮の事故で亡くなると、周辺の領主が一度に攻めてきて、ジン隊長以下近衛隊に守られてここまで逃げ延びてきたのですけれど、追手に見つかってしまいついに最後の四人も……」

 不慮の事故、ねぇ。

「判りました。見ず知らずの男に運命を委ねるのは心許ないかもしれませんが、不肖このジャン・ロイ、全力であなたをお守りいたしましょう」

「……よろしくお願いします」
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