第102話 田舎モン、街に出る

文字数 2,335文字

 第五中の村が僕の傘下につくと決めた後、いくつかの取り決めをするのに一日、ルビンスとオギンに方針転換を説明してこの後の計画を変更するのにさらに一日の時間を要した。
 当初の計画ではこの後、第三中の村へ行く予定だったのだけど現状これ以上村を増やしても統治できないので、一旦領土拡大を白紙にして有用な人材を登用するために商都ゼニナルへ向かうことにしたのだ。
 スケジュール的には秋までに帰ることができればいいのだけど、それでもオグマリー市には行けそうもないのが残念だ。

「オグマリー市は勘弁してください。顔の知れていないお館様はともかく、ワタシは元々オルバック家の家臣だったんですよ」

 あ、そうよね。

 商都ゼニナルはズラカルト男爵領最大の商業都市だ。
 オグマリー区には代官オルバック家のいるオグマリー市とゼニナルの他に二つの町、十三の村がある。
 というと、日本人としてはずいぶん広いように感じるかも知れないけど、村ってのは感覚的には○○町××集落とか、字××的な存在で、いうなれば集落だ。
 立地の悪いオグマリー市の代わりにオグマリー区の農産物を集積していたらいつの間にか男爵領最大の商都になっていたということらしい。
 日本的に考えるとオグマリー市が中心市街地でゼニナルは商業地、二ヶ所の住宅街と十三の農業集落で構成されたズラカルト県オグマリー(ちょう)みたいなもんかな。
 ゼニナルはオグマリー市と違って人の出入りが激しい町なので、人材のスカウトにうってつけじゃないかと思ったのだ。
 ということでゼニナルに出発するという朝、ベハッチ村長が、なにか言いたそうな顔で見送りに出てくれる。

「なにかありましたか?」

 と、ルビンスが訊ねると、

「あの……こんなことを言うのは筋違いかと思うのですが、ここ数年、奥の村へ行く旅人が多くてですね……」

 おおっと!?
 ベハッチが言うには政情不安による(実際には便乗した)増税で、ただでさえ苦しくなっている食料事情の中、奥の村に向かう旅人に供する食料が多大なる負担である、と。

「なるほど」

 そいつぁ盲点だった。
 確かに、旅人に寝床と食事を提供するのがこの国の村長の務めだ。
 最奥の村出身の僕にはそこら辺の配慮も足りなかったようだ。

「考えておく」

 僕がそういった時のベハッチの安堵の表情が、どれほどの負担になっていたかを語っていた。
 これも課題か。
 為政者は大変だ。
 僕らはゼニナルへの旅を行く。

「結界の寝袋使う必要なくなっちゃったね」

 と、僕が言う。
 必要だったのは第三中の村の途中だったのだ。

「使わなければ、使わないに越したことがありません」

 と、オギンは素っ気ない。

「寄るのは第四中の村と第六先の村だったよね?」

「はい、第四中の村までは徒歩で二日、第六先の村は片道一日の距離です。その先、二日の旅程でゼニナルです」

 森林を切り開いただけの山道はお世辞にも歩きやすい場所とは言えない。
 街道の整備が遅れているのは誰のせいだろうか?

「なんで街道を整備しなかったんだろう」

 僕の問いにルビンスは

「田舎道を整備するといいことがあるのですか?」

 と訊いてくるし、オギンは

「辺境の農村地域にそんな投資はしませんよ」

 と言う。
 ここいら辺が中世水準なんだな。
 でも、古代ローマは街道整備に相当注ぎ込んでたよな?
 あれ?
 じゃなんで中世の街道に「ひどいイメージ」があるんだろ?
 まぁ、いいか。
 第四中の村、第六先の村をつつがなく通り過ぎ、僕らは商都ゼニナルに到着した。
 その名に(たが)わない盛況ぶりだ。
 久しぶりに人で賑わっているのを見た。
 町の人口も増えてきたとは言え二百人に満たない。
 そこ行くとこの街は六三〇人規模の立派な街だ。
 出入りの人たちも数えれば、常時千人はいるのだと言う。

「さて、お館様。まずはなにをいたしますか?」

 オギンがホルスの手綱を曳きながら訊ねてくる。

「まずは宿の確保だな」

「それなら、アテがあります」

「ルビンス様、大丈夫ですか?」

「ん? 大丈夫だろう。ところでなにが大丈夫なんだ?」

 あは、以外に天然よね。

「オギンに頼もう」

「はい」

「え? なぜですか?」

「本当に判ってないの?」

「なにがですか?」

「君、叛逆者だよ? 僕、その親玉だけど」

「あ、ああ!」

 これで戦場じゃ冷静沈着で勇猛果敢なんだから、人間判らんもんだよな。
 オギンが手配した宿はメインストリートから少し外れた静かなところにあった。
 スラムのような不衛生、危険地域ではない。
 もっとも、うちの町ほど清潔じゃないけどな。
 うちの町は前世持ちの衛生観念で整備されてるから、比べちゃダメなんだけど。

「この宿は、ジョーの息がかかっているので、安全です」

 さすがだね。
 部屋はふた部屋、僕とルビンスが相部屋だ。
 僕にとってこの世界で初めての宿屋だ。
 ツインルームで窓辺に机があるシンプルな部屋だけれど、ビジネスホテル同様でここにずっといるのはあずましくない。
 あ、これも北海道弁か?
 一息つくとドアがノックされ、袋を抱えたオギンと恰幅の良いいかにも「おかみさん」といった女が入ってきた。

「宿の女将でジャイコと言います。お見知り置きを」

 はぁ……イメージ通りというか…………いや、はい。

「ジャン・ロイです。初めまして」

「ジョーの旦那からもこのオギンからも聞いてるよ。面白い子がいるってね」

「面白い子?」

 と、オギンを横目で見ると、目が泳いでいた。

「ま・とにかく話は食べながらってことで」

 と、袋からロチャティムやハムなどを取り出して手渡してくれる。
 ロチャティムにハムなどを挟んでサンドウィッチ的に食べるんだな。
 これならこの狭い部屋でも食べられる。
 聞かれたくない話を一階の食堂ではしたくないもんな。
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