第77話 無理を承知で道理をねじ伏せる計画

文字数 1,972文字

「お館様。お館様、交代のお時間です」

 オギンに起こされたってことは、なんとか寝られたということだ。
 でも、全然寝た気がしない。

「ありがとう。ところで僕はなにに注意して見張っていればいいんだろうか?」

「この辺りで危険なのはナルフくらいです」

「そういえばラバナルはナルフ族、肉食の獣もナルフだね? なんでだろ?」

 厳密には発音が違うんだけどさ。

「ナルフ族は人族がナルフと呼ぶ獣をヤマイヌと呼ぶそうですし、たまたまなのでしょう」

「へぇ」

 山犬なんだ。
 まぁ、確かに多言語で同音異義の単語があるのは不思議じゃないか。

「では、休ませてもらいます」

「あ、ああ」

 ちょうど火を挟んで僕の向かい側で、火を背にしてオギンが横になる。
 信用ないねぇ。
 仮にもお館様ですよ、僕は。

 …………。

(リリム)

(なに?)

(いつも通り考えをまとめる手伝いをしてくれないか)

(りょ)

 僕が前世をおさらばする頃に流行っていた挨拶だよ、それ。
 まぁ、いいや。
 僕は薪を焼べて火勢を強めて後ろを向く。
 木簡を読むためだ。
 それから僕はリリムを相手に夜が開けるまで自分の考えを整理し続けた。
 そして、起き出したオギンと軽く腹を満たした後、眠い目をこすりつつ町を目指す。
 昼前には町に着き、僕は自分の館で新しい木簡に整理した情報を書き込む。
 うーむ、やっぱ、紙が欲しい。
 軽くて薄くて取り扱いの簡便な紙が欲しい。
 仕事に没頭していたからか、暗くなるまで眠くなることはなかったんだけど、晩飯食ったらてきめんに睡魔に襲われたのは、どう考えても睡眠不足だろうね。
 寝支度だけは頑張って自分の寝床に入る。
 やっぱ我が家が一番だわ。
 翌朝、すっきりした頭で今後の方策を諮るためにイラードとルダーを呼び出す。
 二人だけなのは主に内政方面の計画のためだ。
 まずは村長との密約の件を含めた旅の報告をして、宿場の建設と村の再開発の方針を発表する。

「そりゃまた面白そうなことを考えるな」

「計画自体は賛同できます。長期的には絶対必要なことでしょうが、いつから始めるつもりですか?」

「それを決めたくて二人を呼んだんだけど」

「お館様はいつ頃を予定しているのでしょう?」

 イラード、いつになく慎重だな。

「早ければ今年中」

「やっぱり」

 言われちゃった。

「それはイラードが『やっぱり』いうのも仕方ないな。その計画は無理だ。人手が足りない」

 やっぱそう?
 イラード曰く、
 宿場は速やかに建設する必要がある。
 ちんたら作っていたのでは宿場の用が足せない。
 そのためには町人を大動員する必要がある。
 しかし、やることはいっぱいあるので、そんな余裕はない。
 だそうだ。

「流入してくる人を建設に充てるってのはどうだ?」

 いいね、ルダー。

「町を頼ってくる人は町に住みたくてくるのです。宿場に止めるなんて心証を悪くしますよ」

「敵は増やしたくないな」

「でもよ、イラード。この町の適正規模は百五十人程度。いつもそう言ってるのはお前さんだろ?」

「ええ」

「だったら、早晩町に人は受け入れられなくなるってことだぞ」

「それは……」

 確かに今のペースで人口が増えるのだとしたら来年の夏にはその規模になってしまいそうだ。

「お館様が隣村抱き込む気になったのもそう言った事情があった上でだと思うんだ。ところで、お館様?」

「なんでしょう?」

「宿場二ヶ所で何人くらいの人口を割くつもりなんだ?」

 人口ときたか。

「ゆくゆくは宿場町周りも畑にする計画だから一ヶ所五十人規模ってところかな?」

「ゆくゆくの計画はどうでもいい。宿場としての計画だけで言ってくれ」

「手厳しいね」

「そもそもこの町にもまだ百人しかいない」

 そうですね。

「宿屋二軒ってとこかな。宿の維持管理、接客、食事の提供で最低十人くらい?」

「多くありませんか?」

「多いかな?」

「ふむ、なるほど。それで畑か」

 そうなのよ。
 大都市をつなぐ宿場だってんならともかく、終点はいいとこ百五十人規模のこの町。
 しばらくは隣村との行き来にしか需要がないんだから、宿場としては宿二軒でも多いくらいなわけ。
 でも将来の人口増大と宿場としての機能維持を考えたらこんな計画になっちゃったんだな、これが。

「判りました。判りました。こちら側の野営地は春から宿場を建設することにしましょう。移民団は三十人規模。ただし、計画は男爵との戦次第です。いいですね?」

「はい」

「で? 移民団の代表には誰を充てるつもりなんだ?」

 ニヤニヤしながらルダーが訊いてくる。

「ジャスの予定だ。ジャスにはもう一つの宿場建設も担当してもらう気でいる」

「定住させないのですか?」

 イラードが不思議そうに訊いてくる。

「まだまだ有能な人材が乏しいからね。しばらくは開拓全般の総責任者としてこき使う」

「ひでぇやつ」

 それは褒め言葉として受け取っておくよ、ルダー。
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