第186話 才色兼備かよっ!

文字数 2,142文字

 この地域にはいないはずの竜種との戦闘から三日、僕らはようやくトゥラウラの拍子から抜け出してオグマリー町に戻ってきた。
 その間に二度、クチャマチュリと遭遇したけれど苦もなく撃退して東門に続く街道にたどり着いたのだ。
 クチャマチュリは人の背丈より低い木のモンスターで、腕にあたる枝を振り回すだけのそれほど危険度の高くないモンスターという事前情報の通りだった。
 ただ、生命力はなかなかのもので、枝を払っても幹を切り倒さなければ動きが止まらなくて、これが繁殖期で集団との遭遇だったりしたら確かにやばかったな。
 それはいいとして、トゥラウラの拍子がほんと厄介だった。
 なんで南門を目指していたはずなのに東門に続く街道に出ることになったのか?
 まぁ、脱出できたのが御の字ってやつなのかね。
 それにしたって、この世界に生を受けて二十年以上になるけど、外の世界は怖いわ。
 前世記憶が戻ってからでも七年?
 異世界怖いって感情しか浮かばないわ。
 ほんと。
 町に戻った僕は、文官達に協力してもらって測量結果の計算をした。
 それを元に城を築くのに最適と思われる場所を考える。
 本当は山城がいいと思ったんだけど、戦略的に条件に合う地形がなかったこともあって、オグマリー町と関門の間の緩やかな丘の上に(ひら)(じろ)を築くことに決めた。
 築城はまだまだ先だけど、色々と考えることは多いからさ。
 小学生の頃とか、理想のお家考えたりするの好きだったなぁ……もちろん前世の話だけど。
 ま、暇見ておいおい考えるとしよう。
 二日ほど休息をとって次の目的地、ゼニナル町へと出立する。
 ここからはルビンスも同行している。
 行程としては旧第五先の村から旧一の町へと行くのが最短ルートなんだけど、様子が気になるので一旦旧商都ゼニナルへ寄って、旧第五先の村を通って旧一の町へ至る道程を計画した。
 途中、サラにはホルス車を降りてもらってキャラと三人で完全にお忍び旅だ。
 王国でも有数の商都と言われた旧ゼニナル地区は先年の暴動で荒廃しているかと思えば、取り潰されたり没落した商家跡を別の商人が再開発するなどして活気に満ちている。
 いやはや商魂たくましいことで。
 ただ、僕の領地になってからには専横は許さないんだからね。
 政策的にもゼニナルに荷や富が集中するようなことは行っていないし、なによりゼニナル町の行政的中心地は旧一の町。
 行政府の側に商業的利点があるとみたか、城壁撤去が進んで土地に余裕ができたこともあるのか、移転も相次いでいるようだ。
 特産品に商機を見出した商人などはオグマリー町や四の宿に拠点を移していたりするし、開拓で伐採された木材に狙いをつけた者が先行者利益を企んでハンジー町に投資していたりする。
 ほんと、商魂たくましいことで。
 そんな中、僕らは以前オギンに手配してもらって泊まったメインストリートから少し離れた静かな場所にある宿を訪ねた。
 恰幅のいいいかにも「おかみさん」といった女が、僕を見かけるなり声をかけてきた。

「久しぶりだね」

 たしか宿の女将で名は……。

(ジャイコよ)

 そそ、ジャイコ。

「何年ぶりかね?」

「三、四年ぶり?」

「そんなになるか。元気にしてたかい?」

 僕がお館様だって知ってるはずなのに、気安いねぇ。
 ま、(しゃっちょこ)()らなくて済むのは助かるけどね。
 それからは女将を交えて談笑だ。
 市井の話、僕の評判などなど。
 為政者として支配地域が広がると、庶民の(じか)の声ってのはなかなか貴重になってくるからありがたい。
 夜更けまで語り合って、次の日はさくさくと旧商都を()って旧一の町、今のゼニナル町の中心地を目指す。
 街道が整備された現在、健脚ならば旧ゼニナルから旧一の町までならその日のうちにたどりつける。
 旧第五先の村で待機させていた護衛隊と合流して黄昏時には宿舎入り。
 ここでも風呂に入れないのがモヤっとする。
 オグマリー町を出発してから丸二日、途中に宿場はなく、ゼニナルの宿も風呂のあるところじゃなかった。

「銭湯が欲しいなぁ……」

「なんですか? セントウって」

 サラに体を拭いてもらっている時につい独り言を呟いちゃっていたらしい。

「銭湯ってのは……」

 この世界の言葉じゃないんだよね。

「宿場には浴場があるだろう?」

「お風呂ですね」

「ああ、金を払えば誰でも入れるお風呂のことなんだ」

「公衆浴場ですか」

 ああ、そういう言葉があったね。
 まあ、独り言で言葉は選べないよな。

「では、作ればよろしいのではないですか?」

「え?」

「私もお風呂は大好きです。最近は三日も入らないと髪のベタつきや体臭が気になるようになったほどですよ」

「サラの匂いならいくらでも……痛い、痛い」

 つねられた。

「公衆衛生の観点から言っても、このように体を拭くだけでなく、お風呂に入った方がよろしいのでしょう?」

「うん……そうだな」

 ああ、どうしてそこに思い至らなかったのか。
 いやいや、問題があるからじゃないか?

「でも、宿場でさえ湯を沸かすのに苦労しているじゃないか」

「今までは、ですよね?」

 ……ああ!

「そうか、これからは開墾で出る大量の木材があるのか」

「開墾が進むかもしれませんね」

 と微笑むサラ。
 才色兼備かよ。
 てか、公共事業で公衆浴場とか、ローマか。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み